第百七十二話 雌伏(4/4)
******視点:房田本史 [博多CODEヴァルチャーズ球団社長秘書]******
6月2日。今日のヴァルチャーズはビジターでジェネラルズとのカード3戦目。そして今日も社長室で試合観戦。
俺の懸念とは裏腹に、今年のヴァルチャーズは『例の件』のことを抜きにしてもここまで好調。その『例の件』のせいか、交流戦ではここまでで低迷してるはずのシャークスにだけは負け越してしまってるけど、勝率ではまだまだ7割以上をキープしてバニーズの上に立ってる。
ただ、その肝心のバニーズに負けまくってるのがなぁ……プロ野球を長く見てきたから、ペナントレース終盤の大逆転なんてそこまで珍しいものじゃないとも理解してるし、そもそもバニーズが追走し続けてる時点でまだまだ全然油断できない。
「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」
「試合終了、3-0!ジェネラルズ、完封リレーで3タテを回避しました!」
今日は打線が振るわずだったけど、ジェネラルズ戦も勝ち越し。
「バニーズはどうなったかしら?」
「あ、はい。確認します」
御前社長の指示で球団速報アプリを使ってバニーズ戦を確認。シャークス相手に3-1。こっちも似たようなスコアだからちょうどついさっき終わったっぽい。まぁ風刃の日は勝つと見るのが普通だよな。
ペナントレース中に贔屓が負けて、ライバルが勝つ。あるいはその逆。ゲーム差が最も動く展開。そういう時はそういう時の感情だけを切り取って、ネットで極端にネガティブ、あるいはポジティブな発言を書き込みたがるものだけど、紳士なヴァルチャーズファンは慎むものってな。
「バニーズが勝ったようです」
だから報告はありのままに事実だけ。
「……気に入らないわね」
「え……?」
「直接対決さえ制していれば今頃完全に独走体勢だと言うのに、『アレ』の効果が露骨に出過ぎてしまってるわね。バニーズだけでなく、シャークスなんかもそう」
「まぁこればかりは巡り合わせもありますよ。前にも話題に上がった通り、我がチームは『再建期』に近い状態ですが、他球団から見ればまだまだ戦力が豊富。きっと今の僅差が大差として広がっていくはずです」
「仕事は『かもしれない』じゃダメなのはわかるわよね?」
「……まだ他にも何か仕掛けようと?」
その問いに社長はニヤリと笑って、デスクの引き出しから書類の束を出す。
「それは……?」
「つい最近掘り出した『爆弾』よ。バニーズのとある主力選手の」
「……何かスクープを独自に掴んだ、ということですか……?」
「そんなとこね。今から準備したら、爆ぜるのは来週頭くらいかしら?ウフフフフ、楽しみねぇ……」
バニーズの主力選手……月出里か風刃辺りか?確かに月出里は前にネットで流れてた画像で元ヤン疑惑が浮上してるし、風刃も女関係で割と派手なところがある。正直どっちも清廉潔白とは言い難い部分はある。
でもそんなのはいちプロ野球ファンから言わせてもらえれば『よくある話』。もっとヤバイことをスクープされた選手がその日以降の試合も何事もなかったように出場するなんてザラにある。昔のヤンチャやちょっとした女遊びくらいは『爆弾』なんて到底言えるもんじゃないし、多分社長もそれをわかってる。一体『何を』『どうやって』掴んだのか……
何にしても、良い加減普通に戦わせてくれよな……
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******視点:月出里逢******
6月5日。今週最後の試合、広島でスティングレイとの3戦目。
「打ち上げた!しかしこれは高々と上がって……レフト前進……捕りまして試合終了!5-2!バニーズ、5連勝!」
「よっしゃあ!貯金18!!」
「これでもまだヴァルチャーズに追いつけないんだよなぁ……」
「まぁ交流戦終わったらまた直接イワしたったらええわ」
こう言っちゃ何だけど、シャークスはまだあの変態が復帰してないし、スティングレイは今年からメスゴリラ師匠がいない。それにあたしも『高め長打、低め単打』をやめてちょっと感覚が狂っちゃったけど、ちょっとずつ普通の打ち方に馴染み始めて調子が戻り始めてる。だから勝てる気はしてた。
後は来週。あの"歌舞伎野郎"との勝負。ずいぶん打ちまくってるみたいだしね……




