第百七十話 誰かにとっての主役であれ(3/?)
******視点:月出里逢******
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「初回から1点を追いかけます、バニーズの攻撃。先頭バッターは今日もこの人、月出里逢。開幕からもうすぐ1ヶ月が経とうとしてますが、いまだに打率は5割ジャストをキープ。出塁率6割以上、OPSは1.400を超えました。昨日の試合でも先頭打者本塁打を含む全打席出塁の大活躍」
「うーんこの化け物」
「ちょうちょが出塁しまくるおかげでちょうちょの打席が増えるんだよなぁ」
初回は睦門さんのソロ1本。ほとんど事故みたいなもの。相手はバニーズに強い細平さんだけど、1点なら巻き返せないことはない。
「ファール!」
「初球から振ってきました、141km/hのまっすぐ」
細平さんは球の速さよりもノビと緩急。あとスライダーをよく使ってくる。けど左だからこっちに入ってくる軌道。それはあんまり心配ない。
「ボール!」
「ボール!」
「ストラーイク!」
「外から入ってくるスライダー見送りました!これでツーツー、追い込みました」
(ここからだな……例の手は次の打席以降まで温存できるなら温存したいが……)
「ファール!」
「ファール!」
「ボール!」
「見送った!これでフルカウント!」
(この目の良さ……)
「ファール!」
「これも粘ります!」
(しかも際どいコースに投げ込んでも全然空振ってくれない……)
(あんまり最初から球数使いたくねーよな……マサ、あれやるぞ)
(仕方ないっすね……)
欲張らずに割り切れば、当てるまではできる。高めだけ長打狙いOK、低めはシングルで十分。
(……ってことなんだろ。なら……!)
……!きた、高め……!?
「ストライク!バッターアウト!!」
「スイングアウト!最後はチェンジアップ!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「あのちょうちょ打ち取ったたい!」
「さすがの奪三振マシーンばい!」
今のって……
(こりゃ想像以上に効き目ありそうだな……)
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******視点:友枝弓弦 [博多CODEヴァルチャーズ 外野手]******
細平さんのナイピーのおかげで、ゲームは終始ウチが有利なまま進んで……
「打ちました!これはピッチャー捕って、一塁へトス……」
「アウト!ゲームセット!!」
「試合終了!2-0!ヴァルチャーズ、完封リレーで逃げ切りました!今シーズン、対バニーズ初勝利、ヴァルチャーズが首位を奪還しました!」
「よっしゃ!山口相手で勝てたばい!」
「良か!良か男じゃ!」
「逢ちゃん対策のおかげっすかね、細平さん?」
「だな」
最終回は守備を代わって、もう降板した細平さんと勝利の瞬間をベンチで見届ける。
「昨日と違って4タコっすけど、何やったんすかアレ?」
「……最近の月出里はどうも高めの球は思いっきり打って、低めの球は軽打って感じの意識で打ってるみたいでな。それを利用した」
「具体的には?」
「『ストライクゾーン内で、高めから低めに落ちる球』だ。最初は高めに球がいくように見えるから、月出里は高めに対する打ち方で打ちにいこうとする。だが実際には低めに球がいくから、本来想定してたスイングができなくなってしまう。しかもどのみちストライクゾーンを通るから、自慢の選球眼で見送ってボールカウントを稼ぐこともできない。機械みたいに想定のことを想定通りにやるのに長けてるアイツだからこそ効き目抜群の手だな」
「なるほど……そういうのを逆手に取るってのは、3年前にやったシフトと同じっすね。しっかし、よくそんなのわかりましたねぇ、ウチの上の人達」
「今の親会社は国内でも最大手のIT企業だからな。パソコンのことはよくわからんが、そういう分析も得意なんだろ。俺は前の親会社の頃からこの球団に仕えてる人間だが、まぁ勝つことに関しては今の親会社は真摯だよ。育成の扱いとか、思うところはあるけどな」
「ですね」
オレもメジャーのやり方を倣ってフラレボやったり、現代野球についていけるようにはしてるけど、ほんとはデータがどうとかゴチャゴチャ言わずに、男らしくドカンとぶつかり合う野球がやりてーんだけどなぁ。
まぁ細平さんの言う通り、これはこれで勝つことに真剣である証明だよな。こんなんは卑怯でも何でもない。対策できる程度の弱点を持ってる方が悪いってだけの話。そういうのを生かしてより多く勝って、ファンを喜ばせる。それがオレらの仕事だよな。
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