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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第五章 ホンジ・スキーム
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第百六十九話 幻の変化球(2/?)

******視点:鹿籠葵(こごもりあおい)******


 ……やっぱりこれだけじゃ無理だよね。月出里(すだち)さんに勝つには。


「ボール!」

「スイング止まりました!外スライダー、見送ってボール!」

(投げ方の違いはあんまりなくても、このスライダーは目で見て対処できる)

「やはり月出里相手ということで、外中心に攻めてますね。月出里はインコースだと空振りなんてまずしませんからね」


 スライダーもチェンジアップもこんな感じだから、去年の最後の方は逆にカモにされてたし。


「こりゃ(あおい)姉貴、とうとう『アレ』出すか?」

「いや、まだ1打席目だろ」

「ちょうちょは最初の打席は大したことないしなぁ……」


 逆。今日はまっすぐが十分に走ってるのに、1打席目からこんなんじゃ、次の打席以降は確実にやられる。


(やっぱり使いますか?『アレ』を)


 もちろん。シーズンはもうとっくに始まってて、『コレ』はそもそも月出里(すだち)さんに勝つために覚えたもの。

 ……同時に、月出里さんのおかげで『見つけられた』球でもあるんだけどね。


「これでカウントはツーボールツーストライク……」


 ……わたしは変化球っていうのはまっすぐと握り方や投げ方が違うほど良いのが投げられるような、そんなイメージがあった。そう思うことで、まっすぐはちゃんと投げられるのに変化球は大したことのない自分を正当化してるところがあった。

 でも『コレ』は全く逆の発想。握り方も投げ方も途中までまっすぐと全く同じ。


(……!!ど真ん中まっすぐ……いや、鹿籠(こごもり)さんのならほんの少し外!)


 たった1つ違うのは、いつものまっすぐより、右腕が出るタイミングというかリリースのタイミングというか、そういうのを感覚的にほんのわずかに遅らせるだけ。


「!!?」

「ストライク!バッターアウト!!」


「「「「「……え?」」」」」


 たったそれだけの違いが、わたしの新しい武器。


「さ、三振ッ!スイングアウトの三振!!月出里、13試合目にして遂に今シーズン初の三振!!!」


「え……?インコースのクソボールやん……」

「いやいや、アホかお前。今のは……」

「ど真ん中からとんでもねぇ勢いでインコースに喰いこんでいったぞ……」


「…………」

(これが、話に聞いてた……)


 正直、戦ってない人達の反応なんかどうだって良い。わたしが見たかったのは、月出里さんのその姿。バットに絶対に当てられたはずだったのに(くう)をを切り、目を見開いて困惑するその顔。わたしが月出里さんと初めて勝負した時と全く同じ反応。

 月出里さん。わたしはこれから先も、『打率4割』の礎になんかならないよ。


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******視点:岡正昇(おかまさのぼる)[美浜(みはま)ブッフアルバトロス ブルペン捕手]******


 選手寮の食堂。テレビに映るのは今まさに一軍球場で行われているアルバトロスとバニーズの一戦。


「すっげぇ……」

「あの月出里をインコースで……」


 アタシは二軍の雑用係。二軍の試合にすらベンチ入りできないのだから、一軍なんてお話の中の世界のようなもの。

 だけど、葵ちゃぁんがああやって頑張ってると、アタシも誇らしいわねぇ。


 ……あれこそが、鹿籠葵(こごもりあおい)の新たなるウイニングショット。フォーシームと全く同じ握り、同じ投げ方で、ほんのわずかにリリースなどのタイミングをずらす。要するによく言われる『シュート回転のまっすぐ』。フォーシームのスピードを上げるために行う『回内』……『手首を内側に回転させる』動作を、シュートの一般的な投げ方である『内側にひねる』動作に応用するというもの。

 ただ、『シュート回転のまっすぐ』というのは一般的なマイナスイメージの通り、リリースのポイントやタイミングがわずかに違えばただの打ち頃の球になったり、コントロールが乱れたりするだけだけど、その薄氷の上のバランスを間違えなければ、フォーシームの威力をほぼほぼ保ったまま右打者のインコースへ大きく鋭く喰い込む『魔球』へと化ける。

 あれは今から約40年前、シャークスで唯一の通算200勝を達成した大投手が投げて以来、実戦ではほとんど見なくなった『幻の変化球』……カミソリシュート。


「いや、まぁでもシュートって確かに最近投げてるピッチャーあんまり多くないけど……」

「エグいシュート……というかツーシーム自体はそんなに珍しいもんでもないよなぁ」


「わかってないわねぇ、アナタ達」


「うぉっ!?」

「お、岡正(おかまさ)さん……!?」

「確かに、シュートそのものは別に珍しいものでも何でもないわ。一般的な腕を内側にひねる投げ方でも投げられるし、最近はツーシームを応用する形で投げるのが主流になってるわねぇ。でも、葵ちゃぁんの投げ方はこの2つとは全く別物」

「でも岡正さん。投げ方が違っても、結局は良いシュートを投げられたらどれでも良いんじゃないですか?」

「全くその通りねぇ。ぶっちゃけ普通の投手だったら、ツーシームを応用する投げ方の方が再現性は間違いなく高いわね。試合の中で何十球と投げるのなら、『投げミスする確率が低いこと』も重要な要素と言える。その観点で言えば、葵ちゃぁんの投げ方は『邪道』と言っても良いわ。ただ……」

「「「?」」」

「普通の投手にとっては『邪道』でも、葵ちゃぁんにとっては『正道』の投げ方なのよ。あの"フォーシームの天才"にとってはね」


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