第百六十八話 それでも勝利はきちんともたらされる(3/?)
3月31日。ウッドペッカーズとの3戦目。
「ストライク!バッターアウト!!」
「スイングアウト!最後も落としました得意のスプリット!!これで今日5つ目の奪三振となりました!!!」
「「「「「氷室くぅぅぅん!!!」」」」」
「あの女がいない間に勝ち星稼いでね!」
「ちょっと打線!さっさと逆転しなさいよ!!」
先発ローテ1周目最後の1人は氷室さん。2回にタイムリーで1点取られちゃったけど、それでも5回まで無事に消化。
「ナイピーっす氷室さん!」
「おう!お前のおかげだぜ夏樹!!」
まだブルペンに向かわずベンチで応援する神楽ちゃんと氷室さんがハイタッチ。
氷室さんは去年、シーズン中盤くらいまではちょっと苦しいピッチング続きで、ナックルカーブを急遽導入したり色々試行錯誤してたけど、終盤になってまっすぐとスプリットになるべく絞るピッチングをしたのがハマって、ポストシーズンでも活躍した。
そんな氷室さんは今年、神楽ちゃんからフォークの投げ分けについて色々教わったって話。今日も基本的にまっすぐかスプリットのピッチングだけど、スプリットをいくつか使い分けてるっぽい。
(ずっと慣れてた握りから変えるのは違和感があるが、ナックルカーブとかスライダー、ツーシームを混ぜるとどうしてもストライクゾーンを4分割以上しなきゃならなくなるからな。まっすぐスプリッターだけならストライクゾーンの意識を常に2分割のままにできるし、落ちる球が読まれたとしてもそこからの択が複数あれば、事故の確率も減らせる。夏樹ほど器用にはやれねーけど、今の俺が生き延びるには多分これが一番良い方法だな)
でももちろん、1点リードされてる以上、このまま氷室さんが良いピッチングを続けてるだけじゃ絶対に勝てない。
「5回の裏、バニーズの攻撃。9番センター、秋崎。背番号5」
「バニーズ打線も折り返し地点に入りました。この回の先頭打者は、今日は9番でのスタメンとなりました秋崎。第1打席はスイングアウトの三振。バニーズ打線は4回まででヒット5本に四球1つ。出塁こそ十分に果たせていますが、まだ得点には繋げられていません」
リリィさんとかがいなくて得点力不足を心配されてるけど、今日もこんな感じでバッター1人1人はそれなりにやれてる。わたしだけが……
「初球打って!しかしこれはピッチャーその場で見上げて……」
「アウト!」
「捕りました!ピッチャーフライ!!」
「「「「「ええ……」」」」」
「なーにやってだ……」
「追い込まれたら扇風機、積極打法ならミスショット、もう(出塁できる方法)ないじゃん……」
やっちゃった……先頭打者なのに……
「秋崎、オープン戦では2本塁打と順調にアピールしましたが、開幕後は打率1割未満でホームラン0。外野への当たりもなかなか出ません。苦しい状況が続いています……」
「ドンマイドンマイ!」
「こういう時期もあるよ、ぼくらみたいなスタイルだと。気にせず次も振っていこう」
「そ、そうですよね……ありがとうございます」
わたしに近いスタイルの千尋さんからのフォロー。嬉しいけど、わたしはまだまだ千尋さんほど一軍で場数を踏めてない。だからどうしても焦っちゃう。
「1番サード、月出里。背番号25」
「ワンナウトランナーなしで打順は3巡目に入ります。打席には月出里。開幕から好調を維持し、今日も四球1つとヒット1本で結果を出しております」
逢ちゃんもスタイルは違っててもきっと乗り越えたんだよね、こういうの。
(……!やば……)
(高め!)
「!!?引っ張って!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
「これは月出里、走り出しません!どこまで飛ぶのか!?」
打球はまだ宙を舞ってるけど、ホームランなのはもう打った逢ちゃん含めて誰もがわかる当たり。逢ちゃんはフォロースルーを終えた体勢のまま打席に立って、レフトも最初から追いかけずその場で後ろを振り返って打球の行方を目で追う。
「飛び込んだァァァ!!!月出里、今シーズン第1号!同点!!オーバーダーイブ!!!」
「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」
ウチのホーム球場……サンジョーフィールドは周りが大きな池に囲まれてて、場外への打球は大体池に飛び込むようになってる。だからサンジョーフィールドでの場外ホームランの通称は『オーバーダイブ』。
でも、サンジョーフィールドは決して狭い球場じゃない。スタンドの奥行きもそれなりにあるから、オーバーダイブはそんなに頻繁に出るものじゃない。シーズン中全く出ない年も珍しくなくて、バニーズで長く主砲を務めてきた金剛さんでも通算で3本も打ってないって話。わたしなんてまだ打ったこともない。
「ど真ん中高めのまっすぐ、月出里の一番好きなとこですねぇ。こういうのを絶対逃さないのが彼女の強みですね。去年も結構打ってませんでしたっけ?オーバーダイブ」
「はい。月出里は昨シーズン2本……取り消された分を含めると3本打ってますね。先ほどの打球はこの球場のトラッキングシステムによると打球角度26度、打球速度193km/h、飛距離151mとのことです」
「ほんまメスゴリラやな……」
「本数そんなに多ないけど、当たるとマジで飛ぶんだよなぁ……」
「ホームランの平均飛距離、去年ブッチギリやったんやろ?あの猪戸よりも上って……」
……わたしがたった1つ、逢ちゃんに明確に勝ってるのは『低めでもホームランにできること』。というかわたしはむしろ低めの球の方が打ち上げやすい。インロー辺りを引っ張ってカチ上げるのがホームランになる大体のパターン。もちろん高めもちゃんとホームランにできるけど。
でも逢ちゃんはその代わり、高めの球はキッチリ捉える。ホームランにはできなくても火の吹くような強い打球にはできる。
「ストライク!バッターアウト!!」
(くそッ……!)
「スイングアウト!相模、今日はこれで3三振となってしまいました……」
「うーん、今日の畔たんガチャはハズレかぁ……」
「アヘ単は調子悪いと淡白やなぁ」
「四球選べないからね、しょうがないね」
わたしも狙ってるのがヒットか長打かってだけであんまり変わらないし、他人事とは思えない……
「3番指名打者、十握。背番号34」
「1-1、ツーアウトランナーありません。打席には十握。今日はまだヒットがありません」
「ストライーク!」
「まずは1球目、外見逃してワンストライク!」
(最近の右投げ左打ちのスラッガーは友枝さんとか猪戸みたいに基本プルヒッターながらホームランは逆方向の方がむしろ多いってパターンが結構見られるが、十握は純然たるプルヒッター。打率はもちろんのこと、ホームランも引っ張り方向に集中してる)
(ロースコアの同点……ツーアウトだし、『とりあえず事故だけは避けたい』ってとこかな?)
「!?外合わせて……」
「「「「「え……!!?」」」」」
「レフトポール際ギリギリ、入りましたホームラン!十握、今シーズン第1号!!勝ち越しホームラン!!!氷室に勝利の権利をもたらす、技ありの一発!」
「「「「「やったあああああ!!!」」」」」
十握さんはあれだけ打率が高いんだから流し打ちも普通にできるけど、まさかホームランになんて……
「外低め、少し浮きましたかね?でもそんなに簡単なコースでもなかったんですけどねぇ……」
(ぶっちゃけ月出里さんにはパワーじゃ勝てないし、せめてこれくらいはね)
「今ホームイン!2-1!!バニーズ、この回2ホーマーで逆転に成功!!!」
「ナイバッチです!」
「月出里さんもね」
お互いにここぞってところで今年の一発目を打って、ベンチ前でお互いに讃え合う逢ちゃんと十握さん。
「うーん、ほんま絵になるなぁ……」
「ST砲マジ最強」
「こりゃ今年も打撃タイトルはちょうちょと346の一騎打ちかねぇ?」
バニーズ自慢の最強打者コンビの活躍で観客席はもちろん盛り上がってるけど、今までの功績もあるからか、『あの2人ならできて当然』みたいな空気も感じる。『逢ちゃんと十握さんがいれば勝てる』って信頼されてる証拠。




