第百六十八話 それでも勝利はきちんともたらされる(1/?)
******視点:秋崎佳子******
3月30日。今日もサンジョーフィールドで試合。ウッドペッカーズとの2戦目。ホーム側の打撃練習は元々観客席の開門より前に始まるけど、それよりも早い時間から練習すべく、お昼を済ませてすぐに球場へ向かおうとしてると……
「あ、佳子ちゃん」
「!?お、おはよう……逢ちゃん」
「?どうしたの?」
「あ、いや、何でも……」
球場へ向かう道中で逢ちゃんと鉢合わせ。リボンを外して髪を後ろで2つに結んで、マスクとサングラスである程度顔が割れないようにはしてるけど、わたし達やバニーズファンならすぐわかる程度の変装。
……わたしの早出の理由は単純。開幕から4試合全部センターのスタメンをやらせてもらってるのに、いまだにヒット1本という有様だから。せっかく去年頑張って、背番号を1桁台にしてもらったのに……
それに対して逢ちゃん……それと冬島さんもだけど、開幕からガンガン打ちまくってる。2人ともポジションは違うけど、同じ年にプロになった人達。やっぱり焦る気持ちが余計に強くなってしまう。
「ああああの!ちょ……月出里さんと秋崎さんですよね!?」
「「……!」」
もうすぐ球場ってところで、ファンの子に声をかけられる。多分小学生くらいの男の子……だと思う。なかなか可愛らしい中性的な子で、色紙を何枚か抱きしめてマーカーを握りしめてる。
「サインお願いします!」
「うん、良いよ」
『もうバレたから良いか』と言わんばかりにマスクとサングラスを外して、先に色紙1枚とマーカーを受け取る逢ちゃん。
「名前は?」
「ケンイチです!」
「野球やってるの?」
「はい!ショート守ってます!いつかプロで月出里さんみたいに何でもできる野手になりたいです!」
「ふふっ、ありがと」
迷惑そうなそぶりは一切見せず、にこやかに対応する。大人の人相手だとどこか気だるげで、テレビの仕事だと終始不機嫌そうな態度を隠さない逢ちゃんだけど、子供に対しては男女問わずいつも模範的な対応。
「どうぞ」
「ありがとうございます!……ふぇっ!?」
マーカーと色紙を返すついでに、前屈みになって男の子の頭を撫でる逢ちゃん。
「どうしたの?」
「いいいいえ!何でも……」
(見えちゃった……胸……)
(ケケケケケ……)
「それとついでにこれもあげちゃおうかな?」
「「え……?」」
逢ちゃんは手に持ってたバットケースからバットを1本取り出して、それにもサインを書いて男の子に渡す。
「いいいんですか!?こんなのもらっちゃって……」
「良いよ良いよ。でもそれ、多分もうすぐ折れちゃうと思うから使わない方が良いよ。危ないから」
「使うなんてとんでもないです!飾って一生大事にします!」
「うん、それが良いと思うよ。プロ目指すなら木製バットに慣れといた方が良いけど、まず身体を鍛えなきゃね。」
色々と口実を付けて逢ちゃん。たまに山口さんにもやってるけど、そういう目的じゃないよね……?
「え、えっと……今日も試合、頑張って下さい!」
「うん。応援よろしくね」
「はい!ええっと……失礼します!」
「あ……」
男の子は顔を真っ赤にして、そそくさとその場を去っていった。多分わたしのサインも貰うつもり……だったよね?
(やった!やった!おれ、"ちょうちょ"にこんなに……)
……まぁしょうがないよね。これがきっと、今の逢ちゃんとの差。
「ねぇ逢ちゃん」
「ん?」
「さっきのバット、ほんとに良かったの?」
「色々堪能させてもらったしね」
え……?やっぱりそういうことなの……?
「いや、そういうことじゃなくてね……特に何ともなさそうだったけど、折れるって……?」
「うん。多分あと2、3回全力でボール叩いたら折れるよ」
「わかるの?」
「何となく感触で」
「そうなんだ……」
ほんと、逢ちゃんは一緒にプロになった頃から独特の世界に生きてるよね。
それに……
「また試合中に折れて佳子ちゃんに新しいの持ってきてもらうの申し訳ないし、元からあのバットはさっきみたいな時用に持ち歩いてただけだよ」
「……最近の逢ちゃん、逆にバット全然折らないよね、試合中」
「自分が思ってるのと実際のスイングでズレがなくなったからかな?多分」
ほとんどの打球がビュンビュン飛んでるもんね。それはつまり、どれも芯の近くで捉えられてるってこと。あんなに三振が少ないのに、ほんとにすごい。
……昨日は雨田くんが先発で良いピッチングしてたし、神楽ちゃんも相変わらずワンポイントで信頼されてる。わたしももっと頑張らなきゃ……
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