第百六十七話 嫌われたがり(2/?)
3月29日。サンジョーフィールド。予定通り、今日からバニーズとの3連戦。
「トイレトイレ……」
プロ5年目にもなると、特に同じリーグなら他球団の球場の設備もだいたいわかる。トイレやロッカーの場所もそうやし、向こうのリーグにはビジター側だけ浴槽のない球場があるとか、子供の頃は全然知らなかった球界の裏側みたいなものも、この仕事に就いて知ることができた。
「「!?」」
男子トイレで、まさかの幸貴と鉢合わせ。小便器はそこそこの数あって、他の人もおらんけど、あえて幸貴の隣へ。
「よう、幸貴……」
無視されるんはわかってるけど、それでもやっぱりな。幸貴と仲良かった頃は本当に楽しかったし、そもそも幸貴がおらんかったらきっと俺はプロ野球選手になんてなれてへんかったやろうし……
「何や?」
「……!?」
人目のないところで幸貴が俺の言葉に何かを返す。本当に久しぶりのこと。多分、俺と遥が付き合い始めた頃からとほぼイコール。
「い、いや、えっと……幸貴、最近調子ええな。2戦連続マルチやっけ?」
「まぁな」
「一昨日は惜しかったな。せっかく幸貴もタイムリー打ったのに」
「早乙女さんが打たれたんは俺のせいや」
そっけない返しではあるけど、一応会話が成り立ってる。何よりまず、雰囲気がちょっと前までの幸貴とはえらい違う。言葉は交わさなくとも、ずっと俺に敵意みたいなもんを向けてきてたのに、今はそんなんが全くない。
もちろん俺のことを許してくれて昔みたいに……ってのは期待しすぎやろうけど、"単なるプロ野球の同業者"くらいには扱われてる気がする。どうでもええ存在やけど、最低限の付き合いくらいはって感じで……
「話はそれだけか?」
「お、おう……3連戦、お互い頑張ろな」
「ん」
先に用を足してた幸貴が手を軽く洗ってから、トイレから出ていく。
……どうせ流されるんなら『あのこと』を言おう思ってたけど、これやと逆に言えへんな。幸貴に何があったのかわからんけど、せっかく元通りになれそうなんやし。幸貴が俺をずっと許してくれへんのなら、それを甘んじて受け容れる"嫌われたがり"で居続けるつもりやったけど、許してくれるんなら当然そっちの方がええ。
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そんなこんなで、もうプレイボール。
「5番キャッチャー、冬島。背番号8」
「1回の裏、月出里と相模の連打でいきなりチャンスを作りましたバニーズ。マウンド上の琴吹もそこから粘ってツーアウト一塁二塁。打席には今日クリーンナップを任されました冬島。開幕戦こそノーヒットでしたが、その後は2戦連続でマルチヒット。今シーズンまだ三振0、好調を示しております」
「頼むで"正捕手"!」
「今日もガンガン打ちまくれや!」
(センターには変わらずクソワ……両刃。そう言や2年前、開幕戦でアイツに刺されてもうたな。ちょうどあの時に初音と逢って……ツーアウトで月出里ちゃんならシングルで二塁から帰れるやろうけど、センター真っ正面はNGやな)
流石にセンターからやと、ホーム付近はそこまではっきりと見えへん。でもわかる。幸貴には余裕がある。
「!!スライダー打って……センターの横、落ちましたヒット!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
一応身構えとったけど、この打球やと……
「セーフ!」
「二塁ランナーホームイン!1-0!バニーズ、初回から先制!」
「ナイス"キツツキキラー"!」
「ほんま親の仇のように打つなぁ」
「一応相手琴吹やのに……」
今のは狙っとったな。右中間方向、あるいは左中間方向。メジャー帰りの琴吹さん相手に……
でも、多分"キツツキキラー"とかそんな安っぽいもんやない。『何か』が幸貴を変えたんや。単純にパフォーマンスを高めて、俺のことをどうでもええって思えるくらいの『何か』が。
……それはそれで寂しいって思えるのは、幸貴が俺に"嫌われたがり"を強いてるんやなくて、俺自身が"嫌われたがり"なだけなんかもしれへんな。
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