第百六十六話 滑り出し(7/?)
「……!!?」
部屋の中に入ると、机の上だけじゃなく壁にも設置されて天井からも吊り下がってる夥しい数のモニターと、その前で夢中になってキーボードを叩き、マウスを動かす数名のスタッフ。
「鹿籠は例の球を投げたか?」
「はい、『当初』から特に差異はないですね。ただ、攻略するとなると……」
「西園寺の修正した投球フォームについてはどうだ?」
「どうにか洗ってみせますよ。『よそよりは』モデルデータが多いんですから」
「しかし月出里の解析が遅れてるのは痛いな……」
「バニーズは『アレ』を導入してないですからね。ですが開幕してしまえば他の4球団が『目』になってくれますから……」
「これは……?」
「ウフフフフ、これはね……」
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「…………」
社長室に戻って、あの部屋の中で何が行われてたのか、その詳細を社長から教えてもらった。正直、社長の目の前じゃなきゃ頭を抱えたい気分。
「……社長」
「何?」
「『アレ』って確か、情報共有される範囲は……」
「ええ。権限によって制限されてるわ」
「それって……」
「オーナーは……梅谷会長はね、私にこのポストを任された時にこうおっしゃったの。『『勝利』という『結果』は求めますが、『手段』については御前を始め、現場の皆様に全て委ねます』……ってね」
「会長のモットー……『金は出すが口は出さない、故に結果は必ず出せ』、ということですか?」
「そう。私はあくまで会長のご意向に従ってるだけ」
「…………」
「ウフフフフ……貴方、ほんとにわかりやすいわねぇ。顔に書いてあるわよ?『そんなやり方はヴァルチャーズには相応しくない』、『実力で頂点に立ってこそ』……そんなところかしら?」
「……ヴァルチャーズはリプの……JPBの"王者"です」
「"王者"だからこそ、必ず勝たなきゃいけないのよ。4年前と3年前……ビリオンズに連覇を許し、今度はバニーズにまでそれを許すなど以ての外」
「だからと言って……」
「"プロ野球ファン"は"プロ野球のファン"であって、"野球のファン"とは必ずしも一致しないわ。『プロの高度なプレーで魅せる』なんてのは建前。そういうのを求めてるのは画面と数字越しばかりで野球を見てる"データ屋気取り"ばかり。昨今のプロ野球ファン……特に球場まで足を運んでグッズや球場飯でもお金を落としてくれる"一番のお得意様"は、野球の細かい内容なんかより、音楽のライブ感覚でポジティブな雰囲気に便乗するのを求めてる。野球のプレイ人口がどんどん減ってるにも関わらず、プロ野球全体の観客動員数は年々増加し続けてるのがその証明。だから、『わかる奴にはわかる』だけじゃ客は呼べないし、『勝利』というバカでもわかるものがなきゃ、球界全体のポピュラーにもなれない。客に賢さを求めても不毛なだけよ」
「…………」
「房田くん。私は野球は素人だったけど、CODEが球団を保有するようになったことで、私も重役として知識だけはそれなりに身に付けたわ。だから貴方の考える『再建』の必要性も理解はしてるつもりよ。でもね、今この時、この球団の社長は私。人間、誰しもが"過渡期の存在"ではなく"黄金時代の存在"になりたいと願うもの。少なくともCODEという巨大な組織の中じゃ、それだけの欲がなきゃ、『人生を賭けた椅子取りゲーム』を制することなんてできない。私がCODEの財務や情報管理のトップに上り詰められたのも、『お行儀の良い勝負』にも『悪い勝負』にも勝ってきたからよ」
「ッ……!?」
社長が俺に近づいてきて、俺の太ももの内側を撫で始める。
「貴方だってそうでしょ?『お国のため』だからって好き好んで就職氷河期の人間になれる?仮に政治家・官僚に中抜きされる可能性が完全に0だとしても、『未来に皺寄せがいかないように』という大義名分のために増税を甘んじて受け容れられる?聞けるかどうかもわからない、未来の子供達からの『ありがとう』という言葉のためだけにそこまで頑張れる?自分が一番可愛いのは、世界中誰だって同じ。良くも悪くも高学歴だったり能力を見込まれた人間だらけの組織の中、正攻法だけで上り詰めようなんて無謀な話。他人は容赦なく蹴り落として、利用できるものは何でも利用すれば良いのよ?そういう争いこそが真に有能な人材を育み、組織をさらに強固にする。球団と同じでね」
「まるで蠱毒ですね」
「そういうものを、貴方はずっと応援してきて、その一員になったのよ。そしてそういうものが、この帝国を支えてきた」
「……無遅刻無欠席だけが取り柄の俺を補佐に抜擢したのも、こういうことですか……?」
「そうよ。貴方達男はきっと、侍らせてる異性の質と量が自分の価値を証明するって考えてるところがあるんでしょうけど、それは別に男に限った話じゃない。だから貴方も私を利用したって構わないわ。子会社の社長補佐どころか、本社の重役だって夢じゃないわよ?」
こうなった以上、噂話も完全なデタラメとは言えないな。
「すみません社長。俺はそういうのは……」
だからと言って、完全に噂話通りは勘弁。俺にだって選ぶ権利はある。出世はもちろんしたいけど、俺が真っ当にやって手の届く範囲で十分。
『ヴァルチャーズが好きだからCODEの一員になった』。そこは絶対にブレないつもり。今の状況じゃ考えられないけど、もしヴァルチャーズが別の親会社に移ることになったら、その親会社に意地でも転職する。ああいう『裏向き』を知ってしまったのだから尚更。
「あらそう……まぁ良いわ。私、貴方みたいに理想に生きる男が現実を知って折れるところを見るのが好きだし。だから、気が変わったらいつでも歓迎するわ」
「ありがとうございます……」
「1-0、エペタムズのリードが続いてますが、8回の裏、ワンナウト満塁。一打逆転のチャンス……」
あまりのこと続きだったから気付かなかったけど、社長室のテレビがつけっぱなしだった。環境問題がどうこうって言われるこのご時世に。
「ああ、そうそう」
「?」
「『アレ』のこと……誰にも言っちゃダメよ?CODE内でも知ってるのは本当に僅かな人間だけなんだから」
「……現場は全く知らないんですよね?」
「ええ。岸川監督も選手達も、きっと『上が良いデータを持ってきてくれた』程度の認識でしょうね。3年前に月出里逢の対策を『エペタムズの次』に実行できたのも」
「そうですか……承知しました」
「!!!ライト見送って……入ったァ!逆転!!満塁ホームランッ!!!」
「「「「「うおおおおお!!!!!」」」」」
テレビの画面に映るのは、ただ純粋にヴァルチャーズの試合に夢中になってるファンの人達。この最高の結果も、ただただヴァルチャーズの強さがもたらしたものだと、きっと信じて疑ってない。
……社長に言われなくても、この人達に言えるわけないよな。あんな『裏向き』なんて。
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ヴァルチャーズが具体的に何をやってるかはまだ明言しませんが、3年前の主人公ちゃんの対策がどうこうってのは大体この辺のエピソードです。
第七十一話 主役なんてない(9/9)
第七十二話 栄光も浮気者(3/9)




