第百六十六話 滑り出し(6/?)
「エペタムズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、森に代わりまして、嵐田。ピッチャー、嵐田。背番号14」
「おおっと、これから3回の裏というところですが、ここでもう交代のようです!ドラフト8位ルーキー森、開幕投手として大抜擢されましたが、2回無失点で交代です!」
「四球を3つ出しててちょっと不安定なとこがありましたが、多分最初からオープナー起用のつもりだったんでしょうねぇ。最初から実績のある嵐田を開幕投手にしておけば良かったと思いますが……黒川新監督は本当に何と言うか、現役の頃から変わらずパフォーマーですねぇ。こっちは真剣にやってるのに。こうでもしないとお客さんが呼べないチーム状況なのはわかりますけど、勝利ではなく目立つことばかりを目指すやり方は選手の不信も呼びかねませんよ」
試合はまだ3回で、どちらもまだ無得点。こちら側の開幕投手は当初の予定通り、エースの真木。そして向こうはまさかのドラ8ルーキーの森。しかも開幕投手でありながらオープナー起用。
まぁこれは無理もないよな。エペタムズは今年から監督が交代。そして戦力的にも6年前の帝国一メンバーがほとんどいなくなって、どうしたって若手を育てざるを得ない状況。解説はヴァルチャーズOBだから向こうのやり方にかなり批判的だけど、こういう奇抜な采配をするのはパフォーマンスとかそういう目的じゃなく試行錯誤の一環。選手を育てながら少しでも上の順位を目指すならしょうがないこと。
「エペタムズも大変ねぇ」
書類から目を離さないまま音声だけで状況を察したのであろう御前社長から一言。
「そ、そうですね。ですが……」
「『ですが』?」
「あ、いえ……」
「構わないわよ、房田くん。遠慮なく続けて」
「えっと、その……ウチも割と似たような状況かなって……」
「……そうね。『新体制』という点ではね」
そう。決して盤石とは言えないのはヴァルチャーズも同じ。
ヴァルチャーズは去年、羽雁監督がBクラスの責任を取る形で辞任。新監督に就いたのは生え抜きOBの岸川。15年以上、現場どころか球界自体からも離れてていきなり監督になった向こうと違って、岸川は10年、二軍で監督とコーチを務め、今の主力メンバーを育て上げた実績のある叩き上げ。
そして、現有戦力という点でも確実にウチの方が上。それは身内の贔屓目とかじゃなく、世間からの評価でも明らか。バニーズと同じか、それ以上に『優勝候補』として期待されるのも無理はない。
ただ、長年の羽雁体制から刷新した分手探りな部分もあるのは事実だし、『若手の台頭』という点では確実にバニーズの方に軍配が上がる。これから数年の間はバニーズが『優勝候補』の一角から離れることはないだろう。それを考えると……
「房田くんは確か、幼い頃からずっとヴァルチャーズのファンなのよね?」
「はい……」
「そんな貴方の意見を聞かせてほしいわね。今のヴァルチャーズの懸念点とか、目指すべきものとか」
「……もちろんプロ野球である以上、常に優勝を目指すのは当然だと思ってます」
「うんうん、そうね」
「しかし、ヴァルチャーズは新体制1年目で、主力選手の平均年齢もどんどん上がってます。加えて、非常に遺憾ながら、バニーズの主力陣の実力は脅威です。そして彼らは現状の実力のみならず、年齢的にもさらなるレベルアップすらあり得ます。彼らの影響でさらに強力な若手の台頭もあり得るでしょう。その辺りを考慮すると、戦略的な観点では我が球団も、そろそろ再建にリソースを割くフェーズに入ってるかと思います」
「……冷静な分析ね。一理あるわ。ここに着任した当初、この事務所で一番の"通"って聞いてただけあるわね」
「恐縮です……」
「要は『今年のヴァルチャーズは優勝できるか怪しい』ってことよね?」
「ま、まぁ端的に言えば……すみません……」
ヴァルチャーズのことになって、つい語りすぎてしまった……
ただ、20年ヴァルチャーズのファンをやってきて、圧倒的だった時代を生で見てきた人間としては、ここ最近のヴァルチャーズに物足りなさを感じてるのも事実。
「いえ。確かに『表向き』だけを見れば、そう考えるのも無理はないわ」
「……?『表向き』?」
「出世したご褒美に、良いものを見せてあげるわ」
社長が資料を机に置いて立ち、扉の方へ向かって手招き。社長室から出て、先に進む社長の後ろを黙って歩く。
「わっ、あれ見て……」
「あ、彼が例の……」
「…………」
社内で例の噂がどんどん膨らむのを耐えつつしばらく進むと、とある一室の前。重厚な扉には『関係者以外立入禁止』と書かれてて、実際ここは俺が着任して以来ずっと上から『近づくな』と言われてた場所。
「ここですか……?」
「ええ」
社長が首から下げてたセキュリティカードをかざすと、電子音の後に解錠音。




