第百六十五話 譲れないライン(4/?)
******視点:頬紅観星 [横須賀EEGgシャークス 外野手]******
2月16日。春季キャンプ第四クール3日目。わたし達のいる一軍キャンプのメンバーは、今日はスティングレイとの練習試合に臨む。
「6番レフト、金子。背番号10」
「ツーアウトランナーなし、バッターボックスには昨年ドラフト4位指名されました、ルーキーの金子憲子。キャンプでは柵越え連発で長打力を存分にアピールし、今年初の対外戦のスタメンを勝ち取りました。走攻守三拍子揃った外野手として即戦力が期待されています」
「のりピー!昴の穴埋めてくれや!」
「頼むぞ"ネクストちょうちょ"!」
今年の大卒ルーキーは、留年とかしてなければわたし達と同い年。そこに正直焦りは感じてる。ただでさえドラフト下位指名の高卒外野手なんだし。
「ストライク!バッターアウト!!」
「ここも空振り三振!2者連続!この回も順調にアウトを重ねます斉藤!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
(これでもまだ一軍であまり実績のないピッチャー……ほんと逢ちゃん、よくこんなとこでポンポン打てるなぁ……)
とりあえず、エイルちゃんの調子は良い。まっすぐもあのカーブも、威力は抜群。ストライクにちゃんと入りさえすれば、一軍相手にだって十分通用する。
「2回の裏、シャークスの攻撃。4番セカンド、古今堂。背番号2」
「「「「「シンジ!シンジ!ホームランホームランシンジ!」」」」」
「観客席を盛り上げます、この回の先頭打者はプロ2年目、古今堂紳二。昨シーズンは熾烈な新人王争いの結果、特別賞で止まったものの、帝国球界では35年ぶりとなる新人での3割20本塁打など、開幕から打線の中核として活躍を重ねました」
古今堂さんは純粋な内野だからポジションで競争する要素はないけど、同じ右打者。そこも地味に焦りポイント。
わたしが入団した頃のシャークスは投手も打者も左だらけだったけど、去年のシャークスは逆に右打者だらけだった。シーズン中盤は相手投手の左右に関係なく、矛崎さんと投手以外全員右打者って時期が続いたりもした。
そんなチーム事情だから、わたしはオープン戦までによっぽど打たなきゃきっと開幕一軍を勝ち取れない。
「ピッチャーの足元……抜けましたセンター前!今日初めてのランナーとなりました!」
「ナイバッチ!」
「さすがネット民激推しの古今堂やでぇ……」
……焦らない焦らない。
「5番ライト、頬紅。背番号52」
「ノーアウト一塁、打席にはプロ5年目の頬紅観星。昨シーズンはプロ入り以来初となる開幕一軍を勝ち取ったものの、公式戦本塁打0本という悔しい結果で終わりました。しかしファームでは2年連続でOPS.950以上を記録」
当たれば飛ぶ、当たれば飛ぶんだから……
「!!!これは、右中間方向……センター下がって……入りました!先制ツーランホームラン!!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
よし……!
「最高なんだミッホ!」
「今年こそ猪戸超えなんだ!」
「いつまでも"二軍の帝王"じゃ困るんだ!」
「ナイバッチ!」
「ど、どうも……」
「いやぁ、頬紅お前ほんとすげぇパワーしてるな!俺にゃ敵わねーや!ハハハ!」
「あはは……」
古今堂さんはわたしより1つ年上だけど、プロとしては後輩。だけど、貫禄のある風貌も相まって、もうすっかりチームの顔役。明るい人で、円陣とかヒーローインタビューとかテレビの仕事でも場を盛り上げるのが上手い。
確かに、ただ単にボールを遠くに飛ばすだけなら、古今堂さんに……何なら猪戸くんや逢ちゃんにだって負けない自信がある。でも、古今堂さんが去年の1年間、一軍で打ったホームランの数は22本。わたしが過去の4年間、一軍で打ってきたホームランの数の5倍以上。結局のところ、それが全て。
……わたしの去年までの4年間。取り組んできたことが何か少しでも違ってたら、今頃古今堂さんみたいになれてたのかな?
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「「「カンパーイ!」」」
試合後の夕食の席。わたしとエイルちゃんと麗文ちゃん、いつもの3人で対外戦初勝利を祝う。
「観星。いきなりの援護ありがとな」
「えへへ……たまたまだよ」
「にしても麗文。お前もやけに調子ええのう。あがいに粘って……」
「いやぁ、実は去年のオフな、レーシックやってん」
「レーシック……?視力矯正するやつだっけ?」
「そうそう。前々からやろうとは思ってたんやけど、ウチのOBでレーシックやってからバッティングが悪化したっていう人もいたからちょっと二の足踏んでてんなぁ……」
「目の手術だもんね……わたしはちょっと怖くてできないかなぁ……」
「頑張り方は人それぞれや。観星やってキャンプ前にカーペンターとハンマーと一緒にアメリカで自主練やったんやろ?」
「うん。カーペンターに誘ってもらってね」
「メジャーのプロスペクトだったカーペンターに認められるなんて大したもんじゃ。現に今日打ったんじゃから、見込み通りだったわけじゃ」
「そうだと良いんだけどね……」
ホームランにできた球は甘く入ったまっすぐ。それもそこまで速くもない球。ピッチャーだってこれから先どんどん仕上げてくる……
ううん、弱気になっちゃダメ。ハンマーにも言われたこと。わたしはできる、わたしはできる……
「そう言やエイル、聞いたか?蜜溜さん、そろそろスローイング練習に入るみたいやで」
「ほんまか!?」
「まぁ流石に開幕までには間に合わんやろうけど、今年中の復活はあり得るかもなぁ」
「今年中に復帰できれば、今度こそ蜜溜さんが帝国代表に……!」
「あ、そっか。来年の頭にWBFがあるんだよね?」
「幾重さんが今の段階でもう『出る』言うてるみたいやからな。来年の帝国代表はどえらいドリームチームになりそうやで」
……オリンピックにも出た猪戸くんと逢ちゃんも間違いなく呼ばれるよね。だったら尚更、今年こそあの2人に……!
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