第百六十五話 譲れないライン(3/?)
******視点:若王子撫子 [大宮桜幕ビリオンズ 捕手]******
2月16日。春季キャンプA班、第四クール1日目。
もちろん、今のうちらのメインのお仕事は練習やけど、プロ野球は客商売でもある。そしてデカい金が動くから、色んな業界の人間との付き合いも必要。
「では次の質問ですが……捕手視点でここまでのキャンプを振り返ってみて、今年のルーキーで最も注目の投手は誰でしょうか?」
「やはりドラいt……ドラフト1位ルーキーの置貝投手でしょうか。まっすぐに力があって、それでいて球種も豊富。中でもブレーキの効いたチェンジアップが魅力的ですわ。ウt……我が球団では左投手が不足しておりますし、即戦力として期待しております」
(雑誌のインタビューなんだから、無理してキャラ作らなくても良いのになぁ……)
こういう仕事も、めんどいけど断るに断れへん。
「ところで若王子選手は今シーズンの間にFA権を取得する見込みですが、今後の去就についてはいかがお考えでしょうか?」
「それに関しては今のところは何とも……現状はとにかくチームの優勝が第一ですから」
(やっぱ答えてくれないよね……まぁ想定内)
それと、個人成績もな。ファンから"隔年型"って言われてるけど、プロ入って以来ずっとそんな感じやし、うちやってその自覚は正直ある。去年は『山』の年で、バニーズの"ちょうちょ"、それと十握に次ぐくらいの成績やったけど、今年は『谷』の年。かと言って、成績が落ちる可能性が高いからって、何も手を打たへんのはうちにとっても何の得もあらへん。
そして、FAについては決めかねてる……ってのは嘘やない。個人成績を求めるのは就活の意味合いもある。あとやっぱり世間で言われてる通り、ホーム球場がなぁ……ほんま、金持ち時代に建て直してくれてたらなぁ……
でもお姉とか雲雀のいるこの球団が嫌いなわけやないし、うちなりに恩義も感じてる。2年連続で優勝はしたけど帝シリ行きもヴァルチャーズに2年連続で奪られて、そういう『やり残し』もある。引退後のことも考えたらほんまに難しい問題。
「それでは、本日はお時間いただきありがとうございました」
「ええ。ごきげんよう」
無難にインタビューを消化して、ブルペンへ。
「あ、若王子さんお疲れ様です。もうインタビュー終わりましたか?」
「うん。そんじゃ、約束通りちょっと捕ったろか」
「ありがとうございます」
さっさと防具を付けて、待たせてた瀬長と軽くキャッチボールから。
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「それでは今日はこれくらいで」
「ん?もうええんか?」
「ええ。明日紅白戦で登板する予定ですので」
「おっ、ようやく先発か?」
「残念ながら……」
「そうか」
ルーキーくんにももちろん期待してるけど、やっぱりウチで一番強い球投げてるの瀬長やし、やらせたったらええのになぁ。
「まぁ与えられた役割を全うしてチームを勝たせるのが我んの仕事ですから」
こんなこと言ってるけど、あんまり不満溜めさせたら後足で砂かけられるで。ただでさえFAで一番逃げられてきた実績のあるチームなんやし。
「そう言やそろそろ他の球団も練習試合とかし始める頃やな」
「ですね。ネットだと20日のアルバトロスとペンギンズの一戦が注目されてますね」
「何でや?」
「月出里さんに並ぶ99年世代の星……"猪"と"鹿"がぶつかり合うってことで」
「あー、なるほどな。せやったら同い年として瀬長もウカウカしてられへんな?」
「いえ、別に」
「やっぱ"ちょうちょ"対策が最優先か?去年も打たれてたし」
「個人での勝負にあまり興味がないということですよ。"良い投手"というのは、"より点を取られない投手"。特定の打者1人がどうしても対処できないのであれば、逃げれば良いんです。それでトータルではバニーズを抑えられてましたから」
「うーん、"さとり世代"やなぁ」
「そうやって感情をコントロールし、ベストピッチングを再現し続けられるかどうかも、"良い投手"の資質だと我んは思ってます」
つまり、"ちょうちょ"ちゃんに勝てない悔しさが内心全くないわけやない……ってことやな。ええやん、男の子やん。それくらいのプライドがなきゃ、高校出て数年で一軍戦力にはなれへんわな。
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