第百六十五話 譲れないライン(1/?)
******視点:鹿籠葵 [美浜ブッフアルバトロス 投手]******
2月15日。アルバトロスの一軍キャンプ。
アルバトロスの春季キャンプはいつも沖縄の石垣島で行われてて、一昨日までは例年通りだったけど、今年は後半からは糸満で。今はブルペンで軽く投げ込み中。
「んナイスボール!鹿籠さん、仕上がってますね!」
「ひゃ!?ひゃい!あああありがとうございましゅ二乃さん!ウェヒヒヒヒ……」
(もうバッテリー組んで3年目なんだし、そろそろ慣れてほしいんだけどなぁ……)
わたしは20日の練習試合で先発。今年初めての対外戦。相手は去年のリコ王者にして帝国一のペンギンズ。
……二乃さんに褒めてもらえたように、とりあえずまっすぐは問題ない。スライダーとチェンジアップも、自分のイメージとのズレがまだ多少はあるけど、指にかかる感じは問題ないから、あとはリリースポイントとかを修正していけば制球も十分できるようになるはず。
でも現状のわたしの武器は去年と変わらないまま。カーブとフォークもまたちょっと練習してるけど、いまいち手に馴染まないし、思ったほどの球がいかない。
今年は何としてでも、月出里さんを完璧に抑えなきゃいけないのに。それに今度の試合、ペンギンズが相手ってことは"あの人"とも勝負するはずだし……
「ふぅ……そろそろ再開すっか。あ、すんませーん。これも片付けといてもらって良いっすか?」
「!あ、はい……」
「……!」
ベンチで休んでた川原さんが、近くでボール拾いをしてた岡正さんめがけて、空になったペットボトルをポイっと投げる。そこに敬意も申し訳なさも全く感じられない。
「いやぁ、大変っすねぇ岡正さん。雑よ……スタッフの仕事慣れました?」
「ええ、まぁ……」
……川原さんだって、結構長く二軍生活だったはずなのに。わたしより先にプロになったんだから、岡正さんがどれだけ頑張ってきたかもわかってるくせに。去年そこそこの試合をリリーフで投げて、今年は初めてA組スタート。30過ぎてようやくそれくらいなのに、岡正さんを見下すように絡んで……
「ああああの!川原さん!!」
「!?おう……」
「岡正さん……お仕事中なんですし、ひぐっ、じゃ、邪魔しちゃ悪いかなー、なんて……ウェヒッ、ウェヒヒ……」
「そ、そうだな……」
(年下でも去年の実質エース……しかも結構な人気者。周りの目もある中、今の俺の立場で鹿籠にアレコレ言うのは得策じゃねーな……)
(あの鹿籠さんが他の選手に注意なんて……)
言っちゃった……でも、岡正さんがあんな奴隷みたいな扱いされるのは気分悪いし……怖くても、やっぱりここはわたしにとって譲れないライン。
「ありがとねぇ、葵ちゃあん」
「い、いえ……そんな……あの、岡正さん。後でちょっと相談しても良いですか……?」
「構わないけどぉ、アタシで良いのぉ?ほらあっち、コーチも空いてるわよぉ?」
「ついでに受けてもらいたいですし……」
「ウフフフフ……ありがとねぇ。それじゃ、また後でねぇ」
今年の『方向性』とか、新しい球種とかの相談。ほんとは二乃さんとか滝谷さん、コーチとかとすべきだと思うけど、やっぱり岡正さんが一番話しやすい。
「あの、岡正さん」
「なぁに、二乃ちゃあん?」
「どうやったらそうやってピッチャーと親しくなれるんですか……?」
「……バリバリ一軍のキャッチャーが、万年二軍だったキャッチャーに聞くことかしらねぇ?」
「いや、実際鹿籠さんにすごい懐かれてるじゃないですか……私なんかよりずっと……」
「そうなのよねぇ……ほんと何でかしら?現役の頃だって、別に大したことしてないんだけどねぇ」
……それに、もしこうやって岡正さんと相談することで結果を出せれば、もしかしたらコーチに昇格できるかもしれないし、そうなればこの球団に長くいられるようになるかもだし、少なくとも雑用としてこき使われたりはしなくなるはず。
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