第百六十四話 方向性(6/6)
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******視点:アヴリル・ミラク・スレイヤー [天王寺三条バニーズ デジタル戦略部主任補佐]******
「レフト!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
今回の要確認対象、月出里逢。山口との最終打席はレフトオーバーの長打。成績としては5の2。先ほどの風刃相手よりも良い成績ではあるが、母数が少ないから投手の実力差が出たとは断言できん。十握は5の1だったし、左右や相性なども絡んだのだろう。
……そして、母数が少ないから断言できんが、この計10打席の結果を見る限り……
「逢……だったな?ちょっと良いか?」
「あ、はい……」
(また記者かと思ったけど……例のすみちゃんの友達って言うちっちゃい外国人さん)
練習から引き上げる前の月出里逢に話しかける。例のことを確認するために。
「今日のライブBP……低めはシングル、高めは長打狙い。そういうアプローチだったのか?」
「……よくわかりましたね」
「統計は嘘を吐かん。10打席であっても、球数をずいぶん稼いでくれたしな」
「内緒にしといてくださいね?」
「当たり前だ。オレ達はこのチームの情報戦を担ってる。そんなオレ達が主力選手の手の内を漏らすような真似などするか」
「まぁ、ですよね」
(オレっ娘……)
「『打率4割』、オレもできる限り協力させてもらう」
「ありがとうございます」
特に好感を得るためでもなく、本心。握手を交わしてオレ達も撤収。
オレ達統計屋から見て、『打率4割』を第一に目指すことが有意義であるかというところは置いておいて、少なくともその目標を達成する上でも、彼女の能力を発揮する上でも、あのアプローチは正しい。
ただただシングルばかりを狙うのではなく長打もきちんと狙うというのは、得点期待値という観点でもさることながら、打球の分布を分散させる意味でも効果的。去年までのデータを見る限り、彼女は他の打者と比べて、センター正面付近への打球の割合が少なく、その分外野の間への打球が多い。そして左右問わず満遍なく強い打球を飛ばせる。シングルヒット狙いばかりだとせっかく広角に打てることでの打球のバリエーションが狭くなり、シフトなどに引っかかりやすくなって、却って打率すら落ちてしまう危険性がある。内野安打を量産しづらい右打者である以上、『打球速度』、『打球方向』……この辺りは『打率4割』を目指す上で必要不可欠と言って良い。そしてもちろん、『純粋な打撃のセンス』も。
ただ、それでも彼女は今のところ『打率4割に挑戦する資格がある』というくらいの段階。野球は日米共に長い歴史を経て、諸々の要因から、現代の野球における打率の臨界点は4割弱に落ち着いている。そしてそれだけではなく、選手同士のレベルの格差も小さくなり、ますますそういった傑出した成績が残しづらくなっている。彼女とて、闇雲に努力するだけでは、少々運が傾いたところで達成できるものではない。
実力のゴリ押しだけで差を付けづらい以上、ものを言うのは『方向性』。何に特化したり、何を優先するかなど。『メタ』と言い換えても良い。自分の現状や環境を理解し、その中で最適な『方向性』を定めて、なるべく『成功』を稼げる時に稼ぐ。その『方向性』を敵に読まれて結果を出しづらくなったら、『方向性』を別のものに転換することで、対策に対策を取り続ける。そしてそこまでやった上で『ある程度運に恵まれるか』。おそらくここまでの条件が揃って初めて、その臨界点を突破することができるのであろう。
つまりオレ達統計屋も、有効な『方向性』を探り提案するなどして、その『偉業』に一枚噛める資格があるということ。オレは『奇跡』などに期待してない。求めているのは『確かな根拠』に基づく『偉業』。
菫子の言ってた『シン■ュラリテ■』……今の段階ではトンデモな『奇跡』も、『科学』に落とし込んで確かな現実にできればそれで良い。統計屋として、オレも見てみたいからな。"史上最強のスラッガー"って奴を。




