第百六十四話 方向性(5/?)
風刃くんが投げる最後の回。前の回はあたしも十握さんも塁に出たから先頭は変わらず十握さん。
「ショート!」
「……アウトだね」
(カットしたつもりだったけど……)
十握さんの対風刃くんの最後は意外とあっさり。スプリットにどうにか当てたけど、平凡なゴロ。
「346は4の1に四球1つかぁ……」
「まぁえいりーん相手ならようやったやろ」
「ちょうちょも4の1やっけ?」
シングルヒットで数字的には多分十握さんにも勝てるし、きっかり『打率4割』。もちろん、そこを一番優先するけど……
「……!」
打席に入って構えるまでのルーティン。ほんの少しの間だけど、バットの先をバックスクリーンの方にかざす動作を入れてみる。
もちろん、真ん中から高めにきてくれなきゃやりようがないから、半分強がりみたいなものだけど。
(へっ、上等っすよ……!)
(とは言え、低めに投げさせるための誘い水って可能性もあるな……シングル打てりゃOPS基準でも十分と言える状況やし)
(なら、やるべきは……)
「!!!」
「ファール!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
バックスクリーンの球速表示……155km/h。他のピッチャーも含めて今日の最速。
「シーズン中と比べれば劣るかもしれません」
「ううん……雨田くんより、ずっとはやい!!」
(風刃め……!)
(『高めか低めか』、『外か内か』、『速い球か遅い球か』。そういう読み合いには絶対に何かしらの正解があるけど、『ただただ純粋に速い球』には読み合いもへったくれもねー。『打者が打てるか打てないか』、ただそれだけってね)
打席を重ねるごとに合わせられるあたしに対して、風刃くんも打席を重ねるごとにギアを上げる。実に理に適った選択。
けど……!
「ボール!」
「ボール!」
「ファール!」
「また155km/h!?」
「でも当てるなぁ……」
(空振ってくれねーなぁ……)
(まぁでも追い込めはしたわ)
速度が上がっても、『呼吸と拍子』は変わらない。風刃くんの投げ方は独特ながらも合理的で、再現性が高い……だからこそ、1球1球のブレも少ない。速度が上がった分は頭の中で織り込めば何とかなる。
「ファール!」
「ファール!」
まっすぐについていけるのなら、変化球を気にする余裕もできる。
(ほんとすげー人だわ……おれだって確かにまだ完全には仕上がってねーし、1試合に5回も同じ打者と勝負するなんて滅多にねーけど、外いっぱいのまっすぐも、きちんと落ちたスプリットも当てるとこまで持っていって……)
(ほんとにコーナーのコーナーに完璧に決めればどうにか打ち取れるかもしれんけど、流石に風刃くんでもそんなテレビゲームみたいな真似はなかなかできん。どうしたって制球にはほんのわずかなブレが出る。だからバッターを打ち取る基本は、まっすぐと落ちる球での『縦』、シュート・スライダー系での『横』、そしてまっすぐと緩い球での『奥行き』……この三次元の中でいかにバッターの想定から外せるかが肝。風刃くんは三次元全部で外せる要素を持っとるけど、月出里ちゃんもまたどの次元でも簡単に合わせてくる。やから異様に三振が少ない)
「ファール!」
「ボール!」
「おっしゃ!フルカウントや!」
「とりあえず四球なら346と引き分けやな」
もちろん、引き分けなんかで妥協する気はないよ。出せる最大値で勝ちにいく。風刃くんにも十握さんにも。そしてこの後で勝負する山口さんにも。
(……しょうがねーな。冬島さん、『コレ』いきます)
(ええんか?)
(こんな痺れる勝負で出し惜しみして負けたら悔やんでも悔やみきれないっすよ)
風刃くんだってきっと、『四球で最低限、打率4割は免れた』なんて妥協をわざとするわけがない。ストライクゾーンで真っ当に勝負してくるはず。
……風刃くんのあのフォーム。キレの良い球を生み出すだけじゃなく、どの球種でもほとんど投げ方が変わらなくて、それが余計に球種の判別を難しくしてるけど、腕の出方がほんのわずかに横振り。これはきっと……
(!!やべ、ちょっと浮いた……!)
(せやけど風刃くんの『アレ』なら……!)
読み通りスライダー……それも真ん中より高い!
「「!!?」」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
去年、南雲さんから打った11号と同じ要領。欲張らずに払うように右方向へ。描いたイメージ通り、逆方向への大きなフライ。
「「「「「入れ!入れ!」」」」」
入れ……!
「……ファール!」
「「「「「あああああ……」」」」」
わずかにポールを巻けなかった……あたしのバッティング自体はイメージ通りだったけど、風刃くんのスライダーがあたしの想定以上にキレてた上に曲がった証拠。割と低空飛行だったから、誤審じゃないのはわかる。
((あっぶね〜……))
悔やんでもしょうがない。ほんの少し頭の中で修正して、今度こそ……
「風刃!上がりだ!」
「「「……え?」」」
「今ので50球目だ!よってこの打席は『流局』!」
「「「「「ええ……」」」」」
……まぁしょうがないよね。そういうルールだったし。この打席、球数が嵩んだってことは、それだけあたしも風刃くんの球を上手く前に飛ばせなかった証拠。
(あと1、2球あったらヤバかったかもな……まさかあのスライダーまで捉えてくるとは思わなかったわ……)
風刃くんも『勝った』とは思ってない様子。今はそれだけで満足するしかないかな。
 




