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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第五章 ホンジ・スキーム
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第百六十四話 方向性(4/?)

 ただでさえ投手有利の時期に、『表』は毎回ピッチャーが代わって、『裏』は風刃(かざと)くん。打線はどっちもずっと抑えられっぱなしだったけど……


「!!行ったぞ!」


「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」


 今日最初の一発を放ったのは、結構意外な人。


「ナイバッチ!」

「本番でもそんな感じで援護頼みますよ!」

「おうよ!風刃くんも、あと2回頼むで!」


 ライブBPだからダイヤモンドを周らずまっすぐベンチに戻って、代わりに祝福は据え置き。打ったのは冬島(ふゆしま)さん。いつも通り、特に投手陣とは親しげに接し合う。表向きにはね。同類のあたしだからわかる。

 そして同類だからわかる。今年の冬島さんはやけに張り切ってる。そして妙に機嫌が良い。何かいいことがあったに違いない。何となく。


 バニーズは伊達(だて)さんが引退してから『キャッチャーがあんまり打てない』ってよく言われるけど、冬島さんはその中だと一番打てる。ただ、ずんぐりした見た目に反してバッターとしてはあたしに近くて、どっちかと言うと広角に上手く打ち返したり、ボール球を選ぶのが得意なタイプ。大学まではスラッガーで鳴らしてたみたいだけど、プロだとここまで年に1本2本くらいのペース。

 それが初っ端からドカンと……


「続け続けリリィ!」

「いやぁ、今年も安定の『17年組』やな」

「巫女ちゃんメガネもええ感じやし、今年も優勝もろたな」

「後はリリィがどこでもええから守れるようになってくれたらなぁ」

「まぁリリィは例年通り.280と15本くらい打ってくれたら……」


「ストライク!バッターアウト!!」


「……え?」


 それに対してリリィさんはあっさりと三球三振。空振りとミスショットで簡単に追い込まれて、最後は際どくもない逃げる球に釣られて。普段のリリィさんじゃありえない内容。


「ど、ドンマイドンマイ!オープン戦は再来週だし、じっくり上げていこう!」

「はい……」


 ほぼDHとは言え、ルーキーイヤーから毎年チーム上位の打撃成績のリリィさん。伊達さんもきっとそんなリリィさんを信頼してるからか、責めることなくフォロー。でもその反応も薄くて……

 まぁ誰にだって調子の波はあるんだし、今がたまたますんごい悪い時って可能性もあるよね。リリィさんはチャランポランだけど、芯はあたし達の中で一番しっかりとした人。何がそうさせてるのかはわからないけど、きっと開幕までには間に合わせてくる。


十握(とつか)、冬島に続けよ」

「はい」


 4回目の『裏』の攻撃は、前の回どっちも凡退だから変わらず十握さんから。


「ふぅーっ……」


 あたしはここまで3タコ。だからって焦りは禁物。今みたいに打てない打席が続くのはシーズン中にも絶対にあること。ネクストでまずは深呼吸して……


「あたしは打てる、あたしは打てる……」


 自分に言い聞かせるように。

 人間の気持ちなんて短絡的なもの。さっきまでの3打席程度の『失敗』が、あたしのプロとしての丸4年分の『成功』を否定できるものじゃないって頭ではわかってても、感情はなかなか追いつかないものだから。


「ボール!フォアボール!!」


「ナイセンナイセン!」

「いや、最後はクソ外しやん……」


 十握さんはこれで3の1に加えて四球1。

 四球も投手の感覚が急に代わって運次第で取れるとこはあるけど、前までの3打席での積極打法を匂わせることで逆にフルカウントまで持っていって、難しい球を投げさせるように仕向けた。十握さんは風刃くん相手でも上手くやってる。その分余計に焦る気持ちが生まれるけど、それでも落ち着いて落ち着いて……


「そろそろ頼むでちょうちょ!」

「右右でも関係あらへんやろ!」


(あともう1つアウト取れたら十分『勝ち』かな?)


 それと、精神論ばっかりじゃなく、具体的な『方向性』も。


 あたしの今のバッティングの長所と短所。どっちかと言うとインコースの方が得意で、高めの方が得意。そして低めの球は内外関係なくどうしてもホームランにできない。

 そんなんだから元々あたしは今年、『低めの球をホームランにできるようにする』ってのが目標で、実戦の中で少々アウトが重なっても、『将来への投資』と割り切って低めでもなるべくホームランを狙うつもりだった。でも『打率4割』を目指す以上、その『投資』でのアウトは打率という結果に絶対に響いてくる。ヒットの数と違って、『成功』だけを積み重ねられる数字じゃないから。だからと言って逆にホームランを全く狙わずにヒットばっかり狙うのも、それはそれで一昨年みたいにゲッツーがやけに多くなっちゃったりするだろうし、あたしとしてもそういうスタイルは御免こうむる。

 だからあたしは、打ち方を二分割する。投手が球を制球するのにストライクゾーンを高低とか内外に二分割、四分割するような感覚で。得意の高めはなるべく大きいのを狙って、あんまり得意じゃない低めはシングルで十分、その上で低めへの意識を気持ち強めにするような感じで。

 それで相手投手が低めしか投げて来ないんだったらもうそれはしょうがない。ホームランの数がイコールコントロールミスの数になっても、今年はもうそれで妥協する。得意じゃない低めを安心して打ち返せるようになればそれで十分くらいに割り切る。


「ボール!」

(得意の高め、外れたのをしっかり見送ってきたな……さすがに球筋に慣れてきたか……)

(それくらい覚悟の上っすよ。その対策としてのこの、目線を逸らすカーブ……!)


 リリースの瞬間にポンと浮いた。そうくるのなら、まだ後ろ脚に体重を残す。踏み込みをワンテンポ遅らせて……


「!!!」


 そしてこれも、1つの妥協……!


「!!センター!」


「「「「「おおおおお!!!」」」」」

「お手本通りのピッチャー返し!」

「えいりーんもええ反応してたけど、あの打球速度はなぁ……」


「ゴメン風刃くん、大丈夫だった?」

「いえいえ、グラブかすったくらいですから」

(おれもさっきの打席で身体の近くに投げたし、センター返しなんてルールに全く反してないどころか、むしろバッティングの基本。いくら春先の練習でも、責める理由なんてねーよな)

(しかし逆に珍しいな。月出里(すだち)ちゃんのピッチャー返し……)


 『低めはもうヒットで良い』。それだけでもだいぶ妥協してるつもりだけど、あたしにとっては報復以外じゃ滅多にやらないピッチャー返し。それだけしなきゃなかなか勝たせてくれない相手。

 まぁ今はこれで満足するしかないよね。今年はこの『方向性』で開幕までにしっかり仕上げていくってことで。


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