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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第五章 ホンジ・スキーム
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第百六十四話 方向性(1/?)

******視点:伊達郁雄(だていくお)******


「プレイ!」


「いよいよ始まったな……」

「監督、これって勝ち負けってどうやって決めるんですか?」

「その辺はあの4人に委ねるよ」


「「「「「ゴクリ……」」」」」


 ペナントレースでは絶対に実現しない、リーグの最強打者と最強エースの勝負。ベンチだけでなく、観客席のファンもその様子を固唾を飲んで見守ってる。


「主任、準備できました」

「よし、始めてくれ」


 この場ではむしろデータ収集班が一番騒がしいくらい。


(あれが菫子(スミレコ)の言ってた月出里逢(スダチアイ)……果たして菫子(アイツ)の言う通り、例の『馬鹿げた奇跡』を起こすに足る器なのか……)


 でもそれくらい、データ屋にとっても興味深い対戦なのは伝わってくる。アヴリルくんもPCを前にマウスを動かしながらも第1球を今か今かと待ち望んでる。


「!!!」

「ファール!」


「「「「「おおおおお!!!」」」」」


 初球はまっすぐ。月出里(すだち)くんは構わず基本通りファーストストライクを狙っていったけど、低めの球の上っ面を叩き、打球はそこから真下に落ちるようにバウンドしてファールゾーンへ。


「初球から151km/hか……」


(でも当ててくるんだよなぁ……)


 月出里くんは四球の多さの割に初球も割と振る。


「ボール!」

「ファール!」


 ただ、振るからには大体きっちりと捉えてくる。ところが今回はまっすぐを2つ続けて打ち損じ。まだこの時期だし、キャンプ2週間でいきなり最強クラスの投手が相手。本調子じゃないのは当然。風刃(かざと)くんも多分その辺を承知の上で、後の4打席のことも考えて最初はまっすぐ中心の配球なんだろう。


 ……月出里くんは果たして、今年どうやって打率4割を目指すんだろうか?右打者という立場で。同じ右でも、きっかり3割くらいが精一杯だった僕にとってはそこが気になる。

 投手との左右の相性は、結局のところ個々の適性でも大きく違ってくる。人間は右利きの方が圧倒的に多いんだし、『期待値』という点で右打者・左打者どちらの方が優れているかは一概には言えない。ただ、どう頑張ろうと、『左打席の方が一塁に近い』という事実は不動。年間で100以上試合をしていれば、『内野安打か否か』という状況はいくらでも生まれる。だから、『期待値』はともかく、『打率の稼ぎやすさ』という点では左打者の方が絶対に有利。それは物理的に覆しようがない。

 さらに月出里くんは俊足ではあるけど、三塁方向へのスイングの勢いが強すぎる分からか、一塁への走り出しは意外と速くない。去年の首位打者だけど、内野安打の比率はだいぶ少ないし、そこが『併殺の多さ』という数少ない弱点にも繋がってる。しかも、内野安打は大抵『打球の弱さ』や『打ち損じ』が逆に功を奏して生まれるものだけど、月出里くんの打者としての強みは『高水準で安定した打球の速さ』。スイングが速い上に良くも悪くも打球を芯で捉える確率が高いから、そういう点でも内野安打を量産するには不向き。

 だから去年の.360というのも、右でそれだけ稼いだのなら相当なもの。ここからさらに4分も引き上げるのは実に困難。同じ試行回数の中でヒットの数を9分の1も増やす必要があるのだから。仮に450打数なら、162本から180本、500打数なら180本から200本……つまり、去年と同じくらい打席に立つのなら大体20本くらい。月出里くんは四球を稼げる分打数を減らしやすいから、必要なヒットの数は減らしやすいけど、逆にそれは試行回数も減らすことになる。カウントを悪くするリスクもあるし、得策とは断言できない。

 そうなってくると、他にできる手段は限られてくる。まず思いつくのは、『樹神(こだま)さんみたいに打った後のスタートを切りやすくして内野安打を量産できるようなスタイルに修正する』、『好調の期間をなるべく長くできるようにする』、『単純にもっと成長する』。

 ただ、月出里くんの性格上、1つ目はまずない。『ホームランこそ打率を上げるための手段の1つ』って考えてるとこもあるみたいだし。現実的に考えれば2つ目かな?去年も一時期ホームランにこだわりすぎて2割切った期間もあったし、今年はそれがなければいくらかは上積みできるはず。

 でも、去年のそういう期間はせいぜい1ヶ月くらい。それだけでヒット20本……大体1試合にヒット1本以上増やせるかと言われれば厳しいとこ。『単純にもっと成長する』……というのも、元から球界トップクラスの実力なんだから、伸び代という点でそんな1年そこらでは実現できないと思う。


 今日のライブBPは勝負ではあるけど、実戦に即した練習でもある。4割実現のため、彼女なりにシーズンに向けてやっておきたいことはあるだろう。今日のおよそ10打席の中で、あの"天才打者"が考えてきた『方向性』というものも見えてくるはず。


「キャッチャー!」

「アウト!」


「「「「「ナイピー風刃くん!!!」」」」」

「「「「「あああ……」」」」」


 まぁ1打席だけじゃね。最初は平凡なキャッチャーファールフライ。


(月出里さんは他の打者以上に、後の打席ほど打つ。そして、今の時代じゃなくても同じ打者と1試合に5打席も勝負するってことはそうそうない。いくら今までの対戦経験が少ない上に春先で、おれら投手側の方が有利って言っても、とりあえず最初の2、3打席はキッチリ打ち取れなきゃ話にならねーよな)

「次!十握(とつか)!」

「ハイ!」


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