第百六十三話 プライドの問題(4/?)
******視点:梨木真守******
2月10日。第三クール1日目。一軍キャンプのブルペン。
「次、スライダーいくっすよ!」
「お、おう……ッ!?」
風刃さんはすでにキレッキレの球を披露。
受けてるキャッチャーの背番号は44。背丈はプロとして平均くらいながら、長打が期待できそうな堂々たる体格。あれは去年ドラ2指名された大卒ルーキーの新穂功さん。強打のキャッチャーとして評価されてて、伊達さん引退以降のバニーズにとってピンズドと言える新戦力。もちろんキャッチャーとしても強肩を売りにしてるし、決して打つだけの選手ではないはずだけど、流石にウチのエースのとっておきを初見で捕るのは荷が重かったのか後逸。
「お前、ほんとエグい球投げるようになったな……」
「ちょっと功さーん、しっかりして下さいよ?おれまだ完全には仕上がってないんすから。一軍でやるんならゴールキーパーくらいはきちんとできなきゃですよ?」
「そ、そうだな……」
……?新穂さんの方が年上とは言え、チームのエースとルーキーの間とは思えないくらい砕けた会話。というか妙に親しげな感じ……
「あ、梨木さん!お疲れ様です!」
「お疲れ様です。順調な仕上がりですね」
「へへっ。第四クールからライブBPっすからね」
「やはりそういうことですか……それにしても風刃さん、ルーキーの人ともすぐに打ち解けられるのもエースの器というやつですかね?」
「ああ……別にそういうのじゃないっすよ?功さんとは昔馴染みなんすよ。実家がお隣なんで」
「え……!?そうなんですか……?」
「鋭利のいるバニーズに指名された時は俺もビックリでしたよ……まぁそういうことでこれからは鋭利と比較されたりで色々あるかもしれませんけど、冬島さんから正捕手奪って、タイトルの1個くらいは獲れるように頑張りますよ」
同じ球団で同じ学校出身とかそういうのはたまに聞くけど、そこまでご近所同士というのも珍しい……ファンとしてはなかなか耳寄りな情報。
「真守。あれが例の風刃か」
「そうだよ。我がバニーズのエース」
「去年のデータもさることながら、今年ここまで計測した限りでも他の投手とは一線を画す数字だ。現時点でもあらゆる球種が高水準に仕上がってる。特にスプリッターのコマンドとスライダーの変化が素晴らしい」
「わかるものなんだね」
「数字は嘘を吐かん。確かな数字を叩き出せる者こそ強者だし、その数字にも常に確かな根拠がある。野球に『奇跡』とか『非科学』とかそんなものはありようがない。そんなふうに見えるものがあったとしても、それらを論理的に紐解き、『科学』に落とし込むのがオレ達の務めだ」
「情緒がないね……同じデータ屋が言うのも何だけど」
「あ、真守ちゃん!」
「有川ァ!練習はどうした!?」
「What's!?ど、どうした真守!!?」
「あ、すまない……」
有川に突然話しかけられて、嬉しさのあまりテンションが一気に沸騰してしまった。
「恵人ちゃんが投げ終えたからワタクシメも小休止中ですよぉ。ところで、そちらの方は確か……」
「ああ。今年からデータ戦略部に入ったアヴリルだよ」
「よろしく頼む」
「でゅふふ……これはどうもどうも。ところでアヴリルちゃん」
「何だ?」
「さっき真守ちゃんのこと、何て呼びました?」
「……?真守だが……?」
「アヴリルちゃんは海外の方なのでご存知ないかもしれませんが、日本では男女の間で下の名前……ファーストネームかつ呼び捨てで呼び合うのは、一般的には特別な仲の証なんですよぉ?例えば『恋人同士』とかそういう……アヴリルちゃんは真守ちゃんに対してそういう下ごk……目論見があるんですかぁ……?」
「「!?」」
いつものねっとりとした口調だけど、意外とある背丈を生かして小柄なアヴリルを威圧するように、妙な迫力を醸し出す有川。こんな有川は僕も見たことがない……
「い……いや、そんなつもりはないが……」
「なら、ちょーっと改めた方が良いかもしれませんねぇ?アヴリルちゃん、とっても可憐な方ですし、あらぬ誤解を生まないためにも……たとえば"泥棒猫"とか……」
「そ、そうだな。郷に入っては、と言うしな……梨木……これで良いか?」
「ええ、ええ。わかっていただけたならそれで良いんですよぉ。でゅふふふ……」
何が逆鱗に触れたのかよくわからなかったけど、とにかく、いつもの有川に戻った……
「有川!次、鍛冶屋のも捕ってやってくれ!」
「はぁい、今行きまぁす」
……有川は去年、キャッチャーとしての出場機会が例年よりも多かった。今年は新穂さんが入ってきたからどうなるかはわからないけど、少なくともスーパーサブとしてなら一軍の立場は安泰と言えるだろう。そしてこれからも……そうなるとひょっとしたら、2枚目の俳優とか売れっ子のアイドルとかとの熱愛、なんてことも……
僕はまだまだ彼女ほどの選手に釣り合う立場じゃないし、そもそも異性として振り向いてもらえるかもわからない。今年のデータ重視のチーム戦略で成功して、もっと上に上り詰めなきゃな……
「随分好かれてるんだな、梨木」
「……?何の話だい?」
「!?いや、別に……」
「???」
(目の前で100mphの牽制球ブン投げてたのに、何で気付いてないんだ梨木……?)
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