第百六十三話 プライドの問題(3/?)
******視点:伊達郁雄******
1日目午後の一軍キャンプのノック。
「ライト!」
「セカン!」
「サード!」
「ナーイス!」
淀みのないバックサード。
年々少しずつ一軍での出番を増やし、今年こそレギュラー定着を狙っているのであろう松村くんは変わらず堅実な動き。体重も年々増やしてるけど、決して弛んでない引き締まった身体。守備に支障はない。
「センター!」
(……!ちょっと左に寄りすぎたか……!?)
(逆にチャンス!)
センターへのフライ。難しい打球だけど、秋崎くんは得意のスライディングキャッチ。
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「ナイスキャッチ!」
「さすおっぱい」
秋崎くんは外野の守備に関してはチームNo.1。赤猫くんの引退によってさらにレギュラーに近づいた感はあるけど、打つ方で波のあるタイプだし、相模くんもいる。去年のドラ4で獲った桐谷くんも十分可能性があるし、場合によっては有川くんも有り得る。
この辺りの、元から競争の最中にいる選手に関してはそこまで懸念はない。
「すげぇっす!さすがっす秋崎さん!」
「あはは……同い年なんだし、そんな堅い喋り方じゃなくて良いよ光ちゃん」
「いえいえ!自分まだまだ駆け出しなんで!」
「次、桐谷!センター入れ!」
「はい!そんじゃ秋崎さん、自分行ってきます!」
「うん。頑張ってね」
そして、今年の大卒ルーキーは特に留年とかしてなければ秋崎くん達と同年代。去年のバニーズの優勝はこの世代の活躍による部分が大きい。ルーキー達にとっても良い刺激……にもなるはず。去年のドラフトでドラ1からドラ4まで、そしてドラ7に育成と、計6人も大卒を獲ったのも、そういうのを期待してでもある。
ただ、同時に懸念点もある。
「次、5-4-3行くぞ!サード!」
(うわっ、ショーバン……!?)
「よっと」
「「「「「!!?」」」」」
「セカンド!」
「あいよ!ファースト!」
「ナーイス!」
「さっすが月出里……」
「あのショーバンも難なく捌いて、膝つけながらセカンドにあの送球……」
「GG賞はダテじゃねぇな」
秋崎くんと同年代ということは、それはすなわち月出里くんと同年代でもある……ということ。
(あの守備で打っても"六冠王未遂"……勝てっこねぇだろあんなの)
(セカンドにも徳田さんがいるし……やっぱ狙うなら去年出たばっかりのショートか……)
(月出里さんはメジャー行くかもしれないけど、内野だし……仮に行くとしても、それまでに私の首が切られないかどうか……)
月出里くんだって全く怪我をしないわけじゃないし、服部くんが去年戦力外で退団になったから、スタメンで出れるレベルのサードがもう1人育ってほしいところだけど、少なくとも月出里くんと正面切ってレギュラー争いしようって子なんてウチどころか球界中探してもなかなかいないだろうね……
正直なところ、チームを率いてる立場としては、スタメンを十分やれるくらいのレベルの選手がどのポジションにも2人くらいいて、常にどこかしらで競争があるくらいが理想ではあるんだけど、ウチは月出里くんに限らず一部の主力の傑出度が高すぎるタイプのチーム。
(月出里があの調子なら今年も優勝……とまではいかなくてもAクラスは固いな)
(こっちはレギュラー定着できるかどうかってとこだし、チームの勝ち負けは月出里達に頼るってことで……)
(くっそー、2月なのにあちーなぁ……)
こういうチームは当然、その一部の主力が怪我抜けすると、それだけで優勝が危ぶまれるくらい戦力が落ちるし、そうでなくても、『自分の力でこのチームを優勝させてやろう』っていう気概が他の選手達に生じづらい。
「セカンド!」
「あっ……!」
「おいィ!?しっかりしよーぜ!」
「す、すみませーん!」
(ま、まぁ開幕まで全然時間あるし、このくらいなんてことないっしょ。背番号1ももらえるくらい期待されてるんだし、今年もセカンドはアタシの席ってね)
そして、その一部の主力のやる気が維持されるかどうかという懸念もある。主力が傑出してるということは、それだけその地位は安泰という安堵……いや、慢心も生み出しかねないのだから。
『2年連続優勝』とかそういうのは、チームやファンにとっては名誉以外の何者でもないし、目指して然るべきもの。けど結局のところ、選手個人にとっては給料が上がる要因の1つくらいであって、逆に優勝を逃したとしても、選手個人だけが責められることはまずない。内心どう思っていようとも、テレビの前ではきちんと『優勝目指して頑張ります』と言って、ある程度の成績を残すなり、練習で頑張ってるところを見せればそれで大体許される。
その上でチームの勝利のために本当に頑張れるかどうかは、もはや本人の性格だったり、プライドの問題。選手個人にとっては実力に何ら関わりのないどうでもいい要素だとしても、僕らからしたらそういう部分もプロ野球選手として重要な資質なのが困ったところ。
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