第百六十三話 プライドの問題(2/?)
******視点:梨木真守******
2月1日。いよいよ2022年シーズンが始動し、今日から1ヶ月間、恒例の宮崎での春季キャンプ。
午前中の練習などを終え、お昼に監督室へ。
「失礼します」
「ああ、梨木くん。よく来てくれたね」
現地の人には例年以上に宮崎入りを歓迎され、練習する球場には去年の優勝を祝うフラッグも掲げられてて、そんな状況だからか、伊達監督も監督室の椅子に座る姿が去年よりも堂に入ってる。
「それにしても梨木くんも年々出世してるねぇ。とうとう部下まで持っちゃって」
「恐縮です……あ、ご紹介遅れましたね。こちら今年から我がデジタル戦略部に配属となります、アヴリル・ミラク・スレイヤーです」
僕の斜め後ろくらいに立ってた、金髪の白人少女……いや、実際はウチのオーナーと同い年なんだけど、山口さんよりもさらに小柄で、顔立ちもかなり幼いドイツ系アメリカ人。
「えっと……は、ハロー」
「日本語で結構だ。日本もここ最近ようやく全球団がトラッキングシステムを本格導入したと聞く。データ解析や現場へのフィードバックはオレに任せとけ」
「う、うん……よろしくね、スレイヤーくん」
「アヴリルでいい。物騒だからな」
向こうの有名大卒のエリートで語学も堪能だけど、一体誰が彼女に日本語を教えたんだか……見た目とは裏腹に口調も態度も強気のオラオラ系。ウチのオーナーが中学の頃に日米野球で知り合って意気投合した仲って聞くけど、まぁ納得。
「バニーズは去年優勝した事で、他球団のマークが去年以上に厳しくなるはずだ。そしてその対策として主に用いられるのはおそらく、『HIVE』によるデータ解析。2年連続優勝を目指すためには、選手達の表立った実力の競い合いと同じくらい、水面下での情報戦が重要になってくるだろう。梨木くん、アヴリルくん、宜しく頼むよ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、尽力いたします」
ひとしきり部下の紹介と挨拶を終えて、監督室から退出。
確かに、今年のペナントレースもバニーズが獲れるかどうかは僕達の手腕にかかってる部分もあるだろう。けど、いちバニーズファン……と言うよりも、いちプロ野球ファンとして心配なのは……
「真守」
「何だい?」
「監督の言ってた『HIVE』とか言う"ばったもん"、確かJPB所属球団の親会社の謹製らしいな?それをウチと別リーグの1球団を除き10球団が採用している、と……」
「ああ、そうだよ」
そう。それも心配事の1つ。でもさっき考えてたのはもうちょっと別のことで……
「単刀直入に聞くが、アホなのか?」
「……そう気付いてる人間は多分どの球団にもいるだろうけど、予算は絶対さ。ITILとかだってそうだろう?」
「外で美味い飯を10ドル足らずで喰えるのも考えものだな」
「ああ。そっちくらい豊かならもう少しね……ん?」
そんな感じで移動中にアヴリルと会話してると、廊下の向こうからこっちへ向かってくる女性が1人。
「お疲れ様です、月出里さん」
「お疲れ様です」
選手にとっては貴重な昼休み中。いちファンとしても立ち話は自重してすれ違うだけ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「…………」
そして立て続けに風刃さん、山口さん、十握さんとも。
さっきの月出里さんと同じように、向かう先は同じで、みんな随分と真剣な面持ち。
「……アヴリル。ちょっと戻るよ」
「どうした?」
「いちファンとしての、ちょっとした職権濫用だよ」
180度方向転換して、監督室の前まで戻る。
「ど、どうしたんだいみんな……?」
聞き耳を立てるまでもなく、一斉に押しかけてきた主力選手達に困惑する伊達監督の声が聞こえる。
「月出里さん達も考えてる事一緒みたいっすね」
「みたいだね」
「じゃあここは最年長の十握さんがってことで……」
「俺?まぁ良いですけど……監督、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「な、何かな……?」
「実は……」
「……!」
……なるほど、そういう話か。そういうことなら……
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