第百六十二話(第四章最終回) 川越弘平の選択(6/6)
「ボール!フォアボール!」
「よっしゃ!連チャンで押し出し……!?」
そして前兆の通り、終盤に入って制球が乱れてもなお投げ続けてた山口が、とうとう左肩を押さえながらその場にへたり込む。
「た、タイム!おい、大丈夫か!?」
そんな投手の元に、味方の監督よりも敵の監督の方が先に駆けつける異常事態。
「できるな、山口?」
「は、はい……」
「……!!?」
遅ればせながらもやってきた佃監督。だが、その言葉は労いすらもなく……
「できるわけねぇだろうが!!!」
「「ッ……!!?」」
とうとう堪えきれず、声を荒げてしまった。
「おい!救急車呼べ!急げ!」
「は、はい!」
これだけの騒ぎを起こして、医療関係者もこの場に呼べば、嫌でも病院に送らざるを得んだろうという打算。目論見通りにはなったものの……
「これはファースト見上げて……」
「アウト!」
「試合終了!6-1!明王学園、東東京大会決勝戦進出!」
「エースの山口を欠いても流石の投手力。今大会は佃監督の継投策がしっかりハマってますね。山口が間に合えば来年の春夏も盤石でしょう」
山口優人がマウンドに戻ってくることはついになかった。
「セカンド!」
「あっ……!」
(やばい、こぼした!)
「戸田ァ!」
「ひっ!?は、はい!」
「よく手が届いたな!さすがだ!!」
「……!?あ、あざっす!」
「次は捕れるな!?」
「は、はい!もう1本お願いします!」
「な……何か変わったよな、監督……」
「あの遠征の後くらいからだよな。不気味なくらい説教とかしてこないし……」
「薄毛は相変わらずだけどな」
あれ以来、不思議なくらいに『二度目』への執着がなくなった……と言うよりも、今までの自分が怖くなってしまった。そもそも望んでもなかった監督の椅子に座って、選手達の希望や可能性を潰してまでも勝利にすがり付いてた自分が。あの日の明王とその監督の姿は、水無月高とおりの未来の姿そのものとしか思えなかったから。
おり自身、勝利にこだわるのはチームのため、ひいては選手達……生徒達のためだと信じていた。実際、実績があればあるほど生徒達の将来を明るくするのだから。だが、こだわりすぎれば結局あんなふうに生徒達が『競い合う』のではなく『潰し合う』方向で歪むというのも目の当たりにしてしまって……
そして、教えてる側もそう。エースを酷使するしないは関係なく、『自分とその時代の成功に基づく正しさ』しか見えていないのは、おりも向こうの監督も同じだった。その結果、あんなに有望だった若い才能を潰す必要がないのに潰してしまって……
それらが果たして、学生野球の、教育の本分に沿っているのかと、滑り止め感覚で教師になったおりなりに考えるようになった。その上でどうするべきなのかと、何年もかけて考え続けた。
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******視点:月出里逢******
「その結果が、今の水無月高の野球……」
「そうだ。選手のなりたい自分をとことん目指させて、成長に繋がるミスならとことんやらせて、程良く結果を出す。それで『二度目』が叶えば儲けもの……ってな。その結果、戦績はあまり変わらないが、おりも選手達も勝ち負けに一喜一憂しすぎず、自由にのびのびとやれるチームになった。『こいつ』の進行は止められなかったけどな」
「……ぷっw」
ハゲチャピンが頭を叩くと、冬の乾燥した空気のせいか妙に良い音が出て、つい吹き出してしまった。
「ちなみにその潰された山口優人って投手は……お前のチームメイト、山口恵人の父親だ」
「……!!!」
「プロになるのは最低でも高校野球を経由するのが普通……一般の職であっても、今時は中卒というのは世間の風当たりが強い。それでもそういうことがあったから、息子のプロ入りを認めた……いや、もしかしたら彼自身がそう促したのかもしれんな。それだけ高校野球を恨むようになって……」
「……だから前に、山口さんのことを気に掛けてたんですね」
「親子両方にとって彼の選択が間違いじゃなかったと、おりも思いたかったからな」
「そういう趣味なのかと思ってました」
「お前と一緒にするな。他校のその手の男子マネージャーを隙あらばずっと見てたお前と……」
「あれは『ベニスに■す』ごっこです……まぁ何にしても、世の中どことどこが繋がってるかわかったもんじゃないですね」
「そうだな……おりがもっと早くに病院に連れて行ったり、今までの何か1つでもほんの少し違ってたら、全く違う今があったのかもしれんな」
山口さんがバニーズに入ってなくて、今年のバニーズが優勝できなかった可能性も普通にあるよね。そして山口さんのお父さんが潰されてなかったら、代わりにあたしがプロになれなかったってことも……
「だが今のおりは、そんな巡り合わせに関わるのが怖くて仕方ない」
「だから動画を観せたり試合で優先的に出したりして、あたしの才能に投資だけはして、バッティングの『基本』を教えるとかそういうのはあえてしなかった、と……」
「そういうことだ。おりも若者に野球を教えてる立場だからなるべく最近の野球を理解しようとはしてるが、それでもお前がウチにいた時点でもおりは50過ぎの古い人間だ。情報のアップデートが追いつけてるとは言い難いし、おりなりに半世紀積み重ねた『成功』と『失敗』というものもある。『基本』ともなればどうしてもおりのそういう古い部分が出てしまうだろう。お前が動画で手に入れてる情報は基本的に現役選手のものだから、その辺の齟齬で余計にバッティングがおかしくなる恐れがあった。そのくらいお前のバッティングが繊細なものだとわかってたからこそ、『自由にのびのびと』というウチの方針を口実に逃げてた」
「結局『基本』を教えてくれたのは、監督より年上のおばちゃんでしたけどね」
「それでもプロとアマ……ましてや一時代の最強打者だろう?まぁとは言え、そもそも育成枠でも何でも良いからプロにならなきゃプロに教えられることなんてないんだから、『完成』はさせないにせよ最低でもその域までにできなかったのは純粋に失敗だったと思ってるよ」
「……確かに。ドラフト当日もあたし、普通に就職する気満々でしたよ」
「すまん」
「あたし自身のことですから、あたしの責任ですよ。チャンスはいくらでももらってたんですし」
「それでも、他に全く何もしなかったわけじゃあないんだけどな。逆にあの頃のお前が勝てるくらいにズバ抜けた力を持つエースと勝負する機会を作ったり、な……」
「……もしかして、大阪桃源との……?」
「ああ。勝ちにこだわってた頃に吉備監督とのコネも作ってたからな」
「あたしがウチのオーナーに勝てるの、わかってたんですね」
「……練習試合とは言え、ドラ1指名確実の"嚆矢園のスター"から打てば、情報発信の手段が多様な今の時代、誰かがお前の本当の力を見抜いてくれる可能性がある。それにすがったわけだ。その誰かが、お前に打たれた張本人になるとは思ってなかったがな。そして彼女があんなことになるとも思ってなかった……」
「…………」
「彼女が"選手"として終わってしまったのも、川越弘平の選択の結果なのかもしれんな。たとえ意図してなかったとしても、お前という若い才能を生かすために、他の若い才能を犠牲にしてしまって……」
「……それでも、その結果が"今のあたし"です。だから、その選択を『正解』にし続けますよ。監督のためにも、ウチのオーナーのためにも、そしてあたしのためにも」
「ありがとな」
すみちゃんにできることは、もうそれしかないんだし。




