第百六十二話(第四章最終回) 川越弘平の選択(3/?)
練習を終えて、校内の自販機近く。
「いやぁ、今日は色々ありがとうな!」
「こちらこそ……」
あたしはペットボトルの無糖紅茶、ハゲチャピンは缶コーヒーで乾杯。
「えらい慕ってくれてますね、今の野球部の子達」
「そりゃあそうだろ。水無月高の出身者で高校から直接プロになったのは月出里が初めて。しかも今や億越えのスター。月出里からの寄付金のおかげでガタがきてたマシンや部のPCなんかも買い替えられたんだから、明確な恩がある。何よりみんな月出里みたいになりたくて練習にも打ち込んでくれてる」
あたしがいた頃とはまるで真逆。いくら守備は一番できたとは言え、下級生含めても部内ワーストクラスなバッティングで1年秋からほぼずっとショートのスタメンだったもんだから、ハゲチャピンとの枕も疑われたくらい煙たがられてたのに、OGになってからは神様みたいな扱い。
「特にバッティングな。おりもこの学校で30年以上監督やってきて、引っ張って柵を越すのはたまに見たが、流してフェンスオーバーは月出里が初めてだ。昔から投手不足だから本当はそっちを頑張ってもらいたいんだが、まぁこれで今後ウチの打線も安泰だろう。月出里もプロに入って、良い指導者に恵まれたんだろうなぁ。おりなんか月出里の才能を全然生かせてやれなくて……」
「……監督」
「ん?」
「随分前からわかってたんじゃないですか?」
「何がだ?」
「『あたしのバッティングがこのくらいにはなる』って」
「…………」
それこそが、今回はっきりさせたかったこと。
「……何でそう思ったんだ?」
「バッティングの動画視聴」
「…………」
「あたしもまだまだ口で説明するのが難しいんですけど、あたしってバッティングやってると、『この相手投手だったらこう打てば良いんじゃないか』みたいなイメージが視えるんですよね。で、その打ち方ってよく見てみたら、他の人のバッティングを色々と参考にしてて……」
「お前のお父上は『相手の技を一度その身で受ければそっくりそのまま再現できる』んだったな?それに近いことがお前にも出来た、と……」
「はい。だから他の人のバッティングを知ってれば知ってるほど良いんですけど、高校の頃とかプロに入りたての頃は逆に情報量が多すぎてあたしの中で上手く整理できなくて、結果として変なバッティングしか出来なくなっちゃってて……中学の途中で一度野球を辞める前まではそこそこ打ててたのに、その打ち方すらもわかんなくなっちゃって……だから、あたしのバッティングを最初に見抜いてたのは、本当はすみちゃ……ウチのオーナーじゃなくて、監督なのかなーって……」
「……ほんと、よくここまでになったもんだな」
その言葉……『肯定』と受け取るしかないよね。
「おりのこと、恨んでるか?おりがあえて一度お前のバッティングを潰すような真似をしたのに気付いてしまって……」
「全然」
「……ほんとか?」
「『いつかは乗り越えなきゃいけない壁の前まで連れてきてくれた』って思ってますよ。野球に復帰してから、『辞める前のやり方じゃプロにはなれない』って思って、バッティングも1から作り直して……そうした以上、遅かれ早かれああなってたはずですから」
「『呼吸と拍子を視る』とかも、確かお前のお父上のやり方だったな……」
「中1くらいまでのあたしって、ほんと"手抜き野郎"でしたからね。もう一度プロを目指すならまずウチの父みたいにストイックにやらなきゃって思いましたし、野球と格闘技で畑が違っても見えてくるものもあるかなって」
お父さんの代わりに『最強』になりたい……とも思ったしね。だからどうせ上手くなるために手探りになるのなら、できるだけお父さんのやり方を採り入れたかった。
「その結果目覚めたのが、お前の本来のバッティングの才能。かなり早くに気付けたのは本当にたまたまだ。お前のバッティングの動作の一部に、おりの贔屓にしてた選手の動作がそっくりそのまま採り入れられてるのを見つけて……」
「そこから誰よりも早く『答え』に辿り着けたんですから、監督ってやっぱりすごい人だと思いますよ」
「それでも、おりにはお前のその才能に深入りする度胸がなかった。おりみたいなアマチュア止まりの男が口を出すことで、その才能を潰してしまうんじゃないかってな……」
「…………」
「……高校野球の指導者というのは本当に難儀な仕事だ。高校野球での実績は、プロになるならないだけじゃなく、一般の就職すらも大きく左右するところがある。つまりそれだけ、生徒達の将来を左右するということでもある。まぁ教師という仕事自体が元々そういうもんだが、高校野球までとなると、その影響力は計り知れん。きっとおりの預かり知らぬところで、おりがそいつをどこかの試合で使わなかったというだけで志望の職に就けなかった……ということもきっとあったと思う」
「……人間、生きてたら嫌でも他人の生き方を左右するもんですよ」
「言うようになったな」
「そういうのをつい昨日くらいに実感したんで」
「そうか……まぁおりも、そもそもそんなことは露ほども気にしてなかった。だからこそ、一度だけこの学校を嚆矢園に導くことができた。そしてその『成功』のせいで、若い頃のおりは生徒のことなんて二の次で、とにかく学校を勝たせることに固執しすぎてた。正直な話、もう一度嚆矢園に導いて、おりの手腕を世の中に認めさせてやろうと躍起になってた。その頃のままだったら、きっとお前のバッティングにもアレコレ口を出しまくってただろうな」
「今のウチの方針とはえらい違いですね」
「ああ……」
「何かきっかけがあったんですか?」
「……20年くらい前に、な……」
・
・
・
・
・
・




