第百六十二話(第四章最終回) 川越弘平の選択(2/?)
「失礼します」
「おお、月出里。それに卯花くん……だったか?久しぶりだな」
「ど、どうも……」
職員室に入ると、書類作業をしてる川越監督。枯れ果てた大地に独り立つ一本毛も健在。
「早速ですが、グラウンド借りますね」
「おう。ウチの部員もいるだろうが、まぁよろしくやってくれ。おりもこれが片付いたらそっちに行く」
とりあえずの挨拶を終えて、グラウンドに向かう。
「……監督にはノーリアクションなんだね」
「何が?」
「その、昨日のアレ……」
優輝が恐る恐る聞いてくる。
「ああ、アレ?まぁ確かに最初は頭頂部の一本毛が気になって仕方なかったけど、もう慣れたし。それに、あんなふうに堂々としてたら別にあたしだってそこまで気にしないよ。あの"輝く男"みたいに見栄張って隠すから面白くなっちゃうんだよ」
「な、なるほど……」
「それに、恩師だしね」
「1年の秋からずっと使ってくれてたんだよね?」
「なのに大して結果が出せなかったんだよね。でも……」
「?」
「いや、何でもない」
高校にいた頃は全然気付かなかったけど、プロに入ってから気付いた色んな違和感。でもまだ優輝には話す時じゃない。今日は単に練習するだけじゃなく、その辺をはっきりさせたいってのもある。
「おお!来た!!」
「あれがナマの月出里逢……」
「やっぱクッソ可愛え……」
「ってか隣にいるあの綺麗な人誰……?」
「多分アレじゃね?ネットとかでも噂になってた打撃投手。デキてるって話で……」
「ちっす!月出里先輩、お疲れ様です!自分、今の代のキャプテンやらせてもらってます狭山です!去年もご指導いただきましたが覚えていらっしゃいますか!?」
「あ、うん。今日もよろしくね」
「えへへ……よろしくっす!部室のロッカーは空いてるとこ自由に使ってください!」
やっぱり野球部の人達ともなると、あたしのことは当然知ってるよね。去年会った子ももちろんいるし。キャプテンの子の『役得』と言わんばかりの握手に応じて準備。
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12月。寒い時期だからウォーミングアップは入念に。
「……よし。優輝、寒いとこ申し訳ないけど、ちょっとだけ投げてくれる?」
「オッケー」
「あ、月出里先輩!今からフリーで打ってく感じですか!?」
「うん。できるだけ前に飛ばすようにするけど、見学するならちゃんと安全なとこから見るようにしてね」
「はい!他の部員にも伝えておきます!」
「あと、また寄付はするから、ボール代の弁償はそこからってことで勘弁してね」
「……?は、はぁ……」
昔から野球部がそこそこ強い学校とは言え公立校。グラウンドは別に野球専用の仕様でもない。もちろん、野球部が使うことも想定してかなり高いフェンスを設置してはいるけど……
「行きまーす!」
「しっ!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
「す、すげぇ……」
「いきなり柵越え……」
やっぱり飛び越しちゃうよね。
「ふっ!」
「打球クッソ速ぇ……」
「何で木であんなに飛ばせるんだ……?」
「プロの内野ってあんなの捌くのか……」
生きてる球相手だと流石に全部柵越えとはいかないけど……
「ま、また柵越え……」
「月出里先輩って、高校の頃通算1本だっけ……?」
「公式戦だと0らしいな」
「流石"六冠王未遂"……」
「ってかこのままだとボール無くなっちまわないか……?」
今は、真ん中より高い球なら楽々。
高校の頃は柵越えどころか、金属でもまともな打球をなかなか出せなかったあたし。五宝さんだったり猪戸くんだったり、超高校級のスラッガーがいるチームならフェンスをメチャクチャ高くしたり色んな策を講じるものだけど、この学校はごく一般的なそれ。あたしが大した打者じゃなかったことの証明。
「ほんと、よくここまでになったもんだな」
「監督……」
気付いたら、バックネット越しにハゲチャピンが腕組みしてあたしのことを見てた。
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