第百六十一話 ハッピーエンドはまだ先(4/4)
「テメェら!人の女に粉かけてンじゃねェぞ!」
「「……!」」
痺れを切らしたのか、元カレの人が逢達に向かって突き進む。そこで咄嗟に、近くにいたおれがさりげなく足を出して……
「……!!?」
狙い通り、おれの足に引っかかって転んでくれたけど……
「「「「「…………」」」」」
その瞬間、周りが静まり返る。まぁ大の大人がイキリ散らしてる最中に盛大にずっこけたんだから普通はそうなるだろうけど、問題はそこじゃない。転んだ拍子なのか、『さっきまであったはずのもの』がなくなってる……
「て、テメェ!何しやがるこのピンク野郎!!?」
「ほ、鬼灯くん……」
「あの頭……」
「ッ……!!?」
足を引っ掛けたおれへの怒りですぐには気づかなかったみたいだけど、周りの空気と……おそらく物理的な空気感でようやく気付いて、慌てて両手で頭を隠しながら、探し物をするみたいに近くの地面を見渡す。
「……これ」
「!!!」
彼の探し物であろう『それ』は、逢が拾ってた。
逢は彼の……その……特にテッペンの方が風通しの良さそうな頭を見つめながら、いつもの澄ました顔で冷静を装ってるけど、おれにはわかる。奥歯で口の中を噛みながら、笑いを必死で堪えてる。
「……ぷっ……ふふっ……あひゃひゃひゃひゃwwwwwwど、どうしたのwどうしちゃったのその頭wwwねぇねぇwwwww」
「う、うるせぇ!!!返せ!返しやがれ!」
ついに耐えられなくなったのか、逢が大爆笑。そりゃそうだよね。逢の笑いのツボって、いわゆる『ハゲネタ』だからね。前にカツラの金具が空港の金属探知機に引っかかったって話を聞いた時もこんな感じで……
片手で頭を隠しながら被せてた『髪の毛』を奪い返そうと必死になってるけど、逢は煽りながら華麗に躱し続ける。
「は……はい……wどうぞ……wwwぷくくくくwwwww」
「くそッ……!」
意外と素直に『髪の毛』を返した逢だけど……
「あ……あたし確かに『ハゲ散らかして死ね』って言ったけど、ほ、ほんとにハゲるとか……w『だつら』……『脱ヅラ』……ぷっwwwあひゃひゃひゃひゃwwwwww」
「笑うんじゃねェ!テメェのせいなんだからな!!テメェが俺を貶めてから散々だったんだよ!!!」
「そ、そんなの自業自得じゃん……w転校してからのことなんて知らないし……wぷふっwwwあひゃひゃひゃひゃwwwwww」
「だから笑うんじゃねェ!」
(((((月出里ってああいうキャラだったのか……)))))
積年の恨みがまだ残ってるのか、自分で言ったことがまたツボに入ったのか、お腹を抱えながら笑い続ける逢。
……何と言うか、こんな因果応報ってあるんだね……
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「あー笑った。年の瀬に今年イチ笑ったわ間違いなく」
「逢……」
逢の実家に戻って、逢とソファで並んでくつろぐ。
例の同窓会は祝いの席なのに騒ぎのせいで空気が悪くなってたけど、その元凶の渾身のネタ……?いや、本人的にはそんなつもりじゃないんだろうけど、とにかくアレのおかげでおれ達もどうにか何事もなく乗り切れた。
「あんまり死体蹴りしちゃダメだよ?」
「いやまぁでも、アレのおかげであの"輝く男"はあたしの中じゃ『地獄に堕ちろクソ野郎』から『まぁこれからは真面目に生きたら良いんじゃない?』くらいにはなったよ……か、"輝く男"……wぷふふっ……www」
「逢……」
逢は自分で言ったことがまたツボに入って、顔を伏せながらソファをバンバン叩く。
「あ、そうそう。明日高校の方で練習するから」
「監督がOKくれたの?」
「うん。『代わりに生徒達にも色々教えろ』って条件で。まぁ毎年のことだけど」
プロ野球選手がオフに出身校で練習。最近じゃよくある話。
「……あ、そういえば一昨日、中学の頃までしか話してなかったよね?」
「別に細かく教えるようなことはなかったからね。どこにでもあるような女子高生ライフ。中学の頃の波瀾万丈っぷりと比べたら……」
「すみちゃんに勝ったことくらい?」
「……そうだね。それだけはね……おかげで今があるんだし」
さっきまでとは打って変わって、天井をボーッと見つめる逢。
「あたしって、ほんとに周りに恵まれてばっかだね。のりちゃんはあたしと違って中学の頃に途中で投げ出したりせずずっと頑張ってきたのに、来年からようやくなんて……」
「今日会った人達もきっと、逢と出逢えたから今があるんだよ思うよ」
「……ありがと」
でもきっと、ハッピーエンドはまだ先。今日会った人達は自分達の夢を追っかけてる真っ最中。『頑張れば報われる』を証明するかのように。
そしてもちろん、逢自身も。まだプロになってようやく4年。一応リーグで一番良い選手に選ばれたけど、もっともっと上を目指せるはずだし、すみちゃんが望むものも多分そう。
おれももっと頑張らなきゃね。"ただの役得野郎"で終わらないように。




