第百六十話 普通でいる覚悟(3/3)
「代打!……月出里、行ってこい!」
「は、はい!」
「「「「「…………」」」」」
基本的に公式戦には出ないけど、それでも人数の関係で今日みたいに部内の紅白戦とか、平日にもたまにある高等部の人達との合同練習でちょろっと出番をもらうことはあった。
(一度退部してからの行動は褒められたもんじゃないが、退部した経緯は経緯だし、せめてこういう時くらいは出してやらんとな……)
もちろん監督や同級生はあたしが一度辞めた経緯を知ってるから、のりちゃんに限らずこういう気遣いをしてもらうことはあった。
「はー、途中交代かよ。こういう時くらいしかスタメンで出れないのに萎えるわぁ……」
「どうせ試合に出ないんだからベンチで大人しくしてろよな、あの半マネージャーの先輩……」
「無駄に顔だけは良いんだからチアリーディング部にでも入れば良いのに」
「…………」
でも別の学年の子にはね。先輩だし、あたしの悪名は知ってるみたいだったから、正面切ってアレコレ言われることはなかったけど。
「せっかくショート任されたのに、3タコにエラーだけじゃなくベースカバーも怠った子が何を言ってるのかな?」
「ッ……!?きゃ、キャプテン……」
「その半マネージャーの人に代えられるようなプレーをしてるようじゃ、来年以降もレギュラー獲れないよ?」
「す、すみません……」
でもこういう時は大体、のりちゃんがキャプテンとしてビシッと言ってくれて。
「あ、ありがと、のりちゃん……」
「気にしないで。逢ちゃんは何も悪くないんだから」
「うん……」
「……謂れのないことでアレコレ言われるのって、嫌だよね」
「?う、うん……」
後輩の子達が退散して、のりちゃんと2人きりになった部室。なぜか沈黙が流れる。
「ところで逢ちゃんってさ……その……この前K市から流れてきた外国人を追い払った不良グループの一員だったんだよね……?」
「……そうだよ」
「そう、やっぱり……」
「……?」
「その頃くらいにね、校長先生が言ってたこと覚えてる?『この学校にも外国籍の生徒がいる』とかって話……」
「うん……」
「アレ、私がその1人なんだよ」
「え……!?」
「逢ちゃんも知ってるよね?私の家って、おじいちゃんの頃からずっと焼肉屋やってるの……まぁつまり、そういうこと」
「……お隣の、ってこと?」
「うん」
のりちゃんとは割と付き合いが長いけど、その時初めて聞いた。
「あんまり大きな声じゃ言えないけど、ウチのおじいちゃんとおばあちゃんは色々あって船でこっそりこの国に来た人達でね……K市とかと比べて同じ外国人の競争相手が少ない深谷でお店を始めて、お父さんが生まれて、さらに私達も生まれて。ウチの家族はそういう人達の中じゃまだ大人しい方だとは思うけど、やっぱりこの国の人じゃなく向こうの国の人である誇りみたいなのがあって。国籍はもちろんそのままだし、不景気続きのこの国で商売が繁盛してることでこの国の人達をちょっと見下してるところがあって……だから、3代続いても私には日本人の血が流れてなくて……」
「…………」
「でも実際ね、血筋がどうであろうと私は向こうに馴染みなんてないし、向こうの言葉もほとんどわかんないし、向こうに帰ったところで私だけじゃなく家族全員"半分日本人"って罵られるだけだし……よくわかんないよね。向こうから逃げてきた立場なのに、こっちに助けられて裕福に暮らせてる立場なのに、向こうの方が誇れるなんて。だから私はそんな空っぽな自己満足にすがることでこの国にいても後ろ指をさされるくらいなら、言葉が話せて友達もいるこの国の一員でありたい。普通に日本で生まれて、普通に日本で育った以上、私は"普通の日本人"として胸を張れるようになりたい」
「帰化するってこと?」
「大人になったらね。できればプロになって、結婚とかのタイミングで……きっと家族には反対されるだろうけど……その……がっかりしちゃった?私みたいなのに助けられたんじゃやっぱり……逢ちゃん、そういうことしてたんだし……」
「逆だよ。のりちゃんみたいな人もいるんだったら、世の中捨てたもんじゃないと思える」
「……ありがと」
デキ婚だったり浮気だったり托卵だったり国籍だったり……子供は生まれた時点で親の業を嫌でも背負う。でもその中にはのりちゃんみたいに『普通でいる覚悟』のある人もいて……もしあの日、深谷学生連合の暴走をお母さんが止めてくれてなかったら、そうやって頑張ろうとしてる人さえも傷つけてたかもしれなくて……
「高校からは多分別々だと思うけど、お互い、絶対プロになろうね」
「うん……」
ほんと世の中はややこしい。人の区切りが国とかだけじゃ片付かなくて、その中にも良い人悪い人とかが混ざってるから、急に良くすることができやしない。かと言って国って区切りを簡単に捨てればK市みたいに価値観の違いでどっちかが折れてどっちかが好き勝手したりでメチャクチャなことになる。せめて良い人悪い人が簡単に見分けられたら良いのに。
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******視点:卯花優輝******
「後はまぁ……勉強の方は叶恵さんに見てもらったおかげで志望校にどうにか入れて、でもいまいち活躍できなかったけど、すみちゃんのおかげでプロになれてっていう、そんな感じ……」
「…………」
「がっかりしちゃった?思った以上に悪い子で……」
「そんなことないよ」
色々と理解できた。逢は根が優しすぎる。他人に気を遣いすぎてる。感受性が強すぎる。
他人を『視る』ことに優れすぎてるから、バッティングでもどんなピッチャーにも合わせられて。他人に対して距離を取りがちなのも、きっと一種の防衛本能。これだけ他人に気を遣いすぎるんじゃ、めんどくさがりとかそういうの抜きでも深く付き合う人を限定しなきゃ逢の身が保たない。
自分の『力』や行動で、誰かを傷つけるのを極端に嫌いすぎてる。恵まれて生まれたことに負い目を感じすぎてる。だから、変な義務感を背負いすぎたり、自分の善意の裏にある悪意を疑わずにはいられない。そういう性分なんだと思う。
逢は昔から本当に優しい、天使みたいな子。今だっておれから見たらそう。優しすぎるせいでひねくれてるだけ。あえて悪く言うなら、良いことをしても悪いことをしても言い訳がましい子。
「まぁそういうのが中学の頃の同級生だから、本当は同窓会なんか出たくないんだけど……のりちゃんが来るからね。お祝いをしなきゃってことで……」
「『かねこのりこ』さん……だったっけ?」
「うん」
スマホを取り出して検索。
「あ、今年スティングレイに4位指名されたこの子?外野の……」
「うん。のりちゃんは高等部に上がってからもレギュラーで活躍してたんだけど、あたしと同じで嚆矢園には出られなかったりで指名されなくて……それでも大学で一般入試から日米野球の日本代表に選ばれるくらい頑張ったからね。あたしが野球に復帰できたのものりちゃんのおかげだし、流石に今年は顔出さなきゃって……」
「そっか。そう言えば逢の歳の子達って、順当に行けば今年で大学出るんだよね」
「うん。だからいつも以上に参加人数が多いはずだけど……」
ほんと妙に義理堅い。その子のためだけに。
「……さて、重っ苦しい話は終わったことだし……」
「うぇっ!?」
逢はおれの下腹部に手を伸ばしてきて……
「嫌なこと、忘れさせてくれるよね?ケケケケケ……」
「う、うん……」
そして妙に欲深い。おれとしても『役得』ではあるけど。
 




