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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百六十話 普通でいる覚悟(2/?)

「先生、ちょっと良いですか?」

「お、おう。どうした月出里(すだち)?」

「野球部、戻って良いですか?」

「え……!?」


 中2の秋。つまり3年生はもう引退して、あたし達が野球部の最上級生になってる時期。それでもあたしは部に戻ることを決めた。


「す、月出里先輩。すみません……もし良かったら、用具拭くの手伝ってもらえますか……?」

「はい。あ、それと、そんなに気を遣ってもらわなくても良いですよ。何かあったらどんどん言ってくださいね」

(い、言えないよ……怖くて……)


 ただし、一度辞めて、"地元きっての悪童(ワル)"として散々暴れ回ってたくせに、最上級生になってからノコノコと戻ってくるのは流石にちょっと気まずかったから、お金がかかって休日も潰れる試合や遠征には出ないで、半分マネージャーをやりつつ練習に参加させてもらうってことで。まだお母さんが完治してないけど、高校で本格的に復帰するためには練習だけでもやっておく必要があるから、これが当時のあたしにできる精一杯だった。


「お疲れ様です!」

「お疲れ。いつもありがと、(あい)ちゃん」


 あたしと一緒に野球部に入ったのりちゃんは順調に上手くなって、今やチームのキャプテンで4番打者。高等部の野球部からも"将来の戦力"として期待されてるって話。半分どうしようもなかったとは言え、遅れを取り戻すのは本当に大変なことだと実感する。


「う〜ン、うう〜ン……叶恵(かなえ)さん、これどうやって解くんですか?」

「ええっと、これはですね……」


 野球だけじゃなく、勉強も。まぁ叶恵さんに教えてもらえるだけ、あたしは恵まれてたけどね。


「あ、ミッコさん。消しゴム落としてますよ」

「ど、どうも……しっかし(あい)さン、変わりましたねェ……」

「えへへ……」

「…………」

「お前もな、サチ」


 あたしと同じように勉強が億劫(おっくう)ってスタンスだったサチさんも、今は真面目にペンを走らせてる。


「……悪かったな」

「え?」

「ミッコが将来看護師になるって聞いて、何か取り残された気になってな……ただでさえミッコより勉強できなかったのに、それで焦る気持ちもあって……でも逢さンの母ちゃんに言われて、あたいももうちょっと頑張ってみようって思って……」

「……そっか」

「月出里さん、野球部に復帰したんですよね?高校もそういうとこを目指すんですか?」

「はい。近所の公立でなるべく強いとこ……水無月(みなつき)高に行こうと思って。あそこは就職にも有利って話ですし」

「とりあえずプロを目指せるだけ目指して、普通の就職もできるようにって感じっすか?」

「はい」


 それがあたしなりの『普通でいる覚悟』。昔一度だけ嚆矢園(こうしえん)に出て今も県ベスト16くらいなら狙えるとこでできるだけ頑張って、無理ならその経験を面接の材料にして、高校出たら働くって方向で。

 そのためにもまずは最低限、入試に受かる程度には勉強ができなきゃって話。


「すげェっすよ逢さン!草野球ン時も無双してましたもンね!今のうちにサインもらっといて良いっすか!?」

「う、うん……」

「おお〜っ……本格的……」


 ミッコさんが持ってた手帳のページにサイン。小さい頃から野球は深いところでナメてたくせに、『プロになる』ってことだけは本気だったから、サインの書き方だけはバッチリだった。


「……あたいも実は最近、動画サイトで歌を上げてるンすよ」

「え!?マジで!!?」

「すごいです!どこでやってるんですか!?」

「■コ動で……まぁ顔を出すのは無理っすけど、やっぱプロになれる可能性がちょっとでもあるならって……勉強がメインでも、ダメ元でやってみようかなって……」


 深谷学生連合(レンゴー)の人達も、ヤンチャを続けながらも少しずつ『普通』に近づけるよう頑張ってて。だからあたしもどうにか頑張れた。


「月出里先輩!洗濯お願いします!」

「はい!」


 大量のユニフォームの洗濯。もちろん今の時代、手洗いなんてせず基本全自動の洗濯機に突っ込むだけだけど、金持ち校なのに変なとこでケチってて、元々野球部の洗濯機は数が足りてなくて、全員分を洗うとなると2回は回す必要があった。


「あ……新しい洗濯機」

「あら、洗濯機がそんなに嬉しい?」

「そりゃもう……この台数なら1回回すだけで済むし、これならすぐに練習に参加できるよ!」

「なるほどね……半分マネージャーとは言え部の一員だからね。良い心がけだよ」

「でも誰が……?」

「さぁ?」


 そんなやりとりをのりちゃんとしてると……


「じゃあ金子(かねこ)さん。洗濯機の請求書はお父さんに回しておきますよ」

「お願いします!」

「のりちゃん……」

「ふふっ、元々卒業祝いで寄贈するつもりだったのをちょっと前倒しにしただけだよ」


 のりちゃんがどっかの野球漫画にもあったような気遣いをしてくれて。


「……ごめんね、逢ちゃん」

「え……?」

「逢ちゃん、女子のグループに……その……色々ちょっかいかけられてたでしょ?なのに私、逢ちゃんを見捨てるような真似をして……」

「ああ、アレ……いや、別に気にしてないよ?」


 これはのりちゃんに気を遣ってとかじゃなく本心。自分の身を守るのが優先なのは当たり前だし、そもそもあたしがさっさと言い返すなり反撃するなりすれば良かったんだし、あのクソどもがクソすぎて正直忘れかけてた。


「それでもやっぱり、このくらいしないと申し訳なくて……逢ちゃん、水無月高目指してるんだよね?私、できるだけ力になるからね」

「のりちゃん……」


 あたしは本当、周りに恵まれてた。

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