第百六十話 普通でいる覚悟(1/?)
******視点:月出里逢******
例の殴り込みに行くか行かないかでお母さんと喧嘩した次の日。お母さんの部屋。
「喰えるか?」
「う、うん……大丈夫……ゲホッ!ゲホッ!……」
小さいお鍋からお椀にお粥を少し移して、一口分だけ掬って、お母さんの口元に運ぶ。
やっぱり病み上がりにあれだけ大暴れしたのはかなり堪えたらしく、お母さんはまたちょっとの間寝込むことに。
「無茶しやがって」
「あんたがこうなっちゃったのも、元を辿ればあたしのせいだからね。だからあたしが止めるのは当たり前じゃない?ゲホッ……」
「…………」
「……でも結局、あんた達には迷惑かけてばっかねぇ……」
「今回に限っちゃ、先に迷惑かけたのはあたしだよ」
「あら、殊勝なこと言うようになったじゃない」
「フン……」
あの後もあたしの身体にはゴテゴテとした銀色だらけ。深谷学生連合は解散になっても別に大樹さん達とはそのままの関係だし、何と言うか、元に戻るきっかけも特になかったから。
お粥を食べ終えたお母さんをまた横にして、食器を戻しに部屋を出ようとすると……
「ねぇ、逢」
「何だよ?」
「野球、またやりたいんでしょ?」
「…………」
「夏休みの時、自前の道具で草野球行ってたでしょ?『もうやらないから要らない』って言ってたのに……」
ほんと、お母さんは何でもお見通し。
「どっちにしたってもう無理だろ?あの学校にまだいるのだって……」
元彼……あのクソ野郎どもとの騒ぎ。学校はよっぽど外に漏れるのが嫌だったみたいで、あたしが転校しないように、元々高かった学費とかを逆にそこいらの公立校よりも安くしてきた。そうじゃなかったら大樹さん達のいる深谷第二中学辺りに転校してた。そしてそれはつまり、あの学校に居続けなきゃいけないほど生活が苦しかったってことでもある。なりたてエンジニアのお父さんの稼ぎ一本で、今の時代に奥さんだけじゃなく子供3人も養うってなったらそりゃね。
だから尚更、野球なんて……
「また落ち着いたら、あたしも働きに出るわ」
「子供と喧嘩した程度でこのザマなのに?」
「あんたが思った以上に強かったからよ。今度は無理しないように仕事も選ぶわ」
「……そこまでさせてまで、またやるつもりはねぇよ」
「でもやりたいのは合ってるんでしょ?」
「…………」
「あたしも同じよ」
「え?」
「あたしも"普通の母親"でいたいわ。自分の子供がやりたいこともやらせてやれないような"ダメな母親"でいるのはもうたくさん。こんなザマだけど、あたしに意地を張らせてくれないかしら?」
「…………」
その時は何も答えずに部屋を出た。
「ねーちゃん……」
「純……」
部屋を出ると純の姿。今の話を聞いてたっぽい。
「野球、やんなよ。おれのことは良いからさ」
「…………」
確かにそのことも理由の1つ。純も一応あたしと同じように野球をやってたから。あたしだけ復帰するのは申し訳なくて。
「今更やったって無駄金にしかならねぇよ」
「……ねーちゃん、いつもそうだよね。かーちゃんがああなってから。おれ達にとって無駄かどうかばっかりで。ねーちゃん、やりたいこと全然できてないじゃん。おれ達のせいで。おれ達ずっと、ねーちゃんに守られてばっかじゃん」
「…………」
「おれが野球を始めたのって、ねーちゃんが楽しそうにやってたからってくらいだけど、ねーちゃんはずっと昔から『プロになりたい』って言ってたじゃん。おれは代わりに勉強頑張るからさ、ねーちゃんももう1回やってみようよ」
「純……」
その一言で、色々と決心がついた。
「ねーちゃん……」
弟もいつの間にか男らしいこと言うようになったもんだから、久しぶりに抱きしめて……
「どさくさにまぎれて尻揉むのはやめてくんない……?」
「良いじゃん良いじゃん、ケケケケケ……」
久しぶりにセクハラをかましたくなった。
「でももう元通りだね、ねーちゃん」
「……!」
「ねーちゃん、元が良いんだから、そんなにゴテゴテした格好は似合わないよ」
「……そうだね」
お母さんと純のおかげで、あたしも『普通でいる覚悟』ができた。
「おはよう、おねーちゃん!あ、今日は怖い格好しないの?」
「うん、もうしないよ」
その次の日。無駄に長いスカートとギラギラとしたシルバーはタンスにしまって、学校指定のきちんとした制服姿。結の頭を撫でてから、玄関をくぐる。
「おはようございます」
「!?お、おう……おはよう……」
真面目に校門をくぐって。
「えっと、今日は25日だから……!?え、ええっと、月出里……これ、答えられるか……?」
「はい!わかりません!」
「お、おう。そうか……」
バカなりに真面目に授業を受けて。
「……そうか。てめェも足洗うンだな……」
「はい、大樹『さん』」
放課後にいつも通り集まりに顔を出したけど、『卒業』を申し出るため。
「やりたいこと見つけられたのか?」
「はい。野球をまたやります。勉強もしながらですけど……」
「そうか……」
「でもまたここに顔を出しても良いですか?」
「"当然"だろ?"一般"になってもてめェは俺らの"仲間"だ」
「背伸びした喋り方より、そっちの方が可愛げがあって良いよ」
「えへへ……ありがとうございます、晴香『さん』!」
その日は色々ケジメをつけるため。本格的に動き出したのはその次の日から。




