第百五十九話 案外つまらないこと(1/?)
******視点:月出里逢******
廃倉庫の入り口近くにある大きなコンテナの上で腰掛けて、あたし達の様子をずっと伺っていたのであろうお母さんが、ひらりと軽やかに降りてあたし達の前に立ち塞がる。
「おい"逢"。てめェ、"姉妹"もう1人いたのか……?」
「……アレ、ウチの母親」
「え……?逢さンのお母ちゃん……!?」
「何かヤベェ病気にかかってたっていう、あの……?」
「逢に似てすンげェ美人じゃねェの……」
「ウフフフフ……お褒めに預かり光栄ね。あと逢、"ババァ"は訂正しろ」
「……そんなことより、何でここにいるんだよ?」
「あたしが病気でウンウン唸ってる間に、あんた随分変わっちゃったからねぇ。休日は勝が家のことほとんどやってくれるし、暇つぶしで様子見させてもらってたのよ」
「ってことは今日が初めてじゃねぇのか?」
「ええ。ちょっと前から話は聞かせてもらってたわ。だからあんた達に何があって、これからどうするつもりかも大体わかってるわ」
「……ならあンたに用はねェのはわかるな?ちょっと前まで"大病"してたんだろ?大人しく家に帰って寝てな」
「お気遣い痛み入るけど、そうはいかないわね」
そう言うと、お母さんは身体をほぐし始める。
「……まさか俺らのこと、腕ずくで止めようってンじゃねェだろうな?」
「そのつもりよ」
「この人数相手だぞ?」
「子供が何人いようが結果は変わらないわ」
「ッ……!なめンじゃねェ!!」
赤穂さんが勢い良くお母さんに向かって突き進むけど……
「!?がッ……」
「「「「「な……!?」」」」」
赤穂さんの袖を掴んで、片手で赤穂さんの100kgを超える巨体を軽々と放り投げて、赤穂さんはそのままコンテナに叩きつけられた。
「!!?は……!?」
「ごめんなさいねぇ。今持ち合わせがないから、制服代はそこのお金持ってそうなおじさんにツケといてもらえる?」
「学ランの袖が中のシャツごと裂けて……!?」
「どンな握力してンだよ……!?」
お母さんは合気道をやってたって話だけど、あれは本当にただ力ずくで投げ飛ばしただけ。『子供相手に元プロの技なんか使うまでもない』と言わんばかりに。
「これでわかってもらえたかしら?あたしとしても娘のお友達をなるべく傷付けたくないから、この辺で大人しくしてもらえるとありがたいんだけど」
「くそッ……!」
「け、けどよォ……この人数で一斉にかかれば何とか……?」
勇むけど、圧倒的な力量差で足がすくんでるみんなの前に立って、手で制する。
「"逢"……?」
「あたしがやる。おばさんたった1人相手にこの人数でかかったってダセェだけだろ?」
「そ、そりゃまァそうだが……」
深谷学生連合の人達は大人顔負けの腕っぷしだけど、あくまで『素人にしちゃ強い』くらい。それでも数十人って人数であたしと一緒なら、勝てる見込みはあったかもしれない。ただやっぱり、あたしのプライドとして数に物を言わせて勝つみたいなことはしたくなかったし、お母さんを心配する気持ちもあったし……
(ま、まァ姉貴もクソ強ェし……)
(逢さンならいけるよな……?)
(というか"逢"でも勝てねェ奴がもしいたら、他の全員でかかってもやれるかどうかだし……)
それに、正直今ならあたし1人でも勝てると思ってた。お母さんはプロを引退してからブランクがあって、しかも病み上がり。あたしは喧嘩を始めてそんなに長くはないけど、命に関わるくらいの修羅場も潜り抜けて腕を上げたっていう自負があった。
「リーダーさん。この子に勝ったら来週の遠足は中止にしてもらえるかしら?」
「あ、ああ……約束する」
(……赤穂にゃ申し訳ねェが、"逢"が負けたってのなら、止める口実としちゃ十分だろ)
「あたしかあんた、どっちが勝つかはともかく、無理したらあんた死ぬぞ?」
「娘のために死ねるなら本望だわ。まぁあたしとしちゃ無理することなく勝つつもりだけどねぇ」
「ぬかせ"紫ババァ"」
このまま来週のカチコミを止める口実が欲しいあたしもいれば、お母さんに無理をしてほしくないって思うあたしもいた。
でもこういう流れで、多分あたし達にとって最初で最後の親子喧嘩が始まった。




