第百五十八話 許される理由(6/?)
「お疲れ様です、三田さん」
「へ……へへ……あざっす!」
薬物を捌いでたアホどもをシメた祝いの席。殴り込んだメンバー……あたしと大樹さん、三田くん、丹波さん、赤穂さんの5人は上座でVIP待遇。
深谷学生連合で数少ない同い年の三田くんは、プリンみたいな長いパツキンを後ろでくくってて、背はあたしよりだいぶ高い。あたしみたいなのより大人っぽい子の方が好みみたいで、あたし達にジュースをお酌して回る叶恵さんにデレデレしてる。チャラチャラした見た目だけど結構シャイな子。
「いやぁ姉貴、マジ痺れたっすよ!あんな相撲取りみたいな巨漢を片手で放り投げるとか、マジどんな鍛え方したんすか?」
「いやまぁ、生まれつきそんな感じで……」
「うーん、ナチュラルファイターっすねぇ……マジリスペクトっす」
結成当初からずっとあたしを"姉貴"と呼んで慕ってくれてる丹波さんだけど、実は2つ上で当時高1。あたしどころか大樹さんより年上。下っぱっぽい立ち回りしてて、あたしと変わらないくらい小柄ではあるけど、こういう立場に違わず喧嘩の腕っぷしも相当強い。
「……川西さン、他にいないンすか?この町で悪さしてる連中ってのは……」
「心配いらないよ。この辺りは元々治安が比較的良い地域。確かにK市の動向はこれからも目を離せないが、君達の存在が一種の抑止力になってるところがある。今は気にせず残り半分を切った夏休みを有意義に過ごすと良い」
「そうっすか……」
どこか残念そうにする赤穂さん。赤穂さんは深谷学生連合の最年長で高3。身体がメチャクチャ大きくて眉毛が妙に太くて、いかにも強そうな見た目そのままの人。喧嘩はもしかしたら大樹さん以上に強いかもしれないし、意外と勉強でも優等生って話。そしてその強さに比例して、不良揃いの深谷学生連合でも1、2を争うくらい好戦的な人。あたしも何度か喧嘩を売られたけど、仲間とやり合うのは気が乗らなくて、いつも適当に躱してた。
「あれ?そう言や今日はミッコ来てないのか?」
「塾の"前哨戦"らしいぜェ。俺も負けてらンねェな」
「月出里さんもお疲れ様です」
「おう」
あたしも叶恵さんにジュースを注いでもらう。
「私、今はこんなふうにお茶汲みしかできませんけど、私もいつか皆さんの力になってみせます!」
「……何か意外だよな」
「え?」
「わざわざこんな集まりに仲間入りまでして……叶恵みてぇなお嬢様なら、『喧嘩は良くない』とか『話せばわかる』とかそういう考えに傾いてるモンだと思うんだけど」
こうなる前のあたしみたいにね。
「実際その通りでしたよ。平和とかそういうものを強く望めば望むほど、その維持のために周りに立ち向かいもせず折れてばかりで自分達が痩せ細っていくのとか、そういうのに矛盾は感じてましたけどね。でも、月出里さんに助けてもらって……そのことはすごく嬉しかったですけど、申し訳なくも思って……月出里さんがいくら強いって言っても、私という赤の他人を助けることってリスクはあるじゃないですか?月出里さんも同じ女で、しかもすごく可愛い人ですし……だからそういう意味じゃ、迷惑をかけたのも事実で……」
「…………」
「今でも、自分から暴力を振るったりするのは絶対に間違ってると思います。でも、自分の身を自分で守る力がなければ覚悟や意志もないのは、生きていく上では同じくらい罪深いことなのかなって。『戦う』ことはともかく、『立ち向かう』ことすらできないのは、自分も周りの人達も傷付くだけなのかなって……今はこうやって、誰かを守れる強い月出里さん達をこういう形で支えることしかできませんけど、いつかは最低限、自分だけでも自分で守れるようになってみせます。そのためにも最近、空手の通信教育も始めましたし……」
「……無理すんなよ?」
そんなことを言われるとあたしも申し訳なくなってしまう。知らず知らずのうちに汚れる必要のない人を汚しちゃったみたいで。
あたしは自分が"マイナスにマイナスを掛け合わせたような奴"だとわかってるから、あたしがやってることが万人にとって正しいことなんて全く思っちゃいない。あんなことがあった以上、いくらクッソ可愛くてもテレビに媚を売るような生き方は絶対にしたくないし、勉強も苦手。家事は年頃の割にできる方だと思ってるけど、家族のためだからどうにか頑張れるんであって、他人のためにそこまで頑張る気にはなれない。野球ももう色々と無理って思ってたし。だからあたしは、最善じゃないとわかってても、自分ができるせめてものことをやってるだけ。
そしてそれを改めて自覚して、将来への不安とかが余計に募って焦るばかりで。
「ただいま」
「おかえり、純」
「うぇっ!?ちょ、ちょっと何すんだよかーちゃん!離せよ!おれもうそういうのは良いから!」
「んふふふ……いいじゃないたまには」
思うように動くようになった身体を堪能するように、帰ってきた純を目一杯可愛がるお母さん。
日が経つにつれ、お母さんはちょっとずつだけど家のことができるようになってきた。もちろん、まだ無理したらまた入院とかになりかねないから、あたしが頑張らなきゃなんだけど。
「知らない間に色々できるようになってたのね。ありがと」
「…………」
親子並んで皿洗い。はたから見れば幸せそうな光景なんだろうけど、年頃と、やっぱり今までの苦労もあるから、筋違いとはわかっててもお父さんとお母さんに恨みみたいなのがあって、会話を弾ませる気になれなかった。
「それに、いつの間にかそんなにオシャレさんになって……学校であんなことがあったけど、良いお友達が見つけられたのかしらね?」
「…………」
「……まぁ夫婦揃って殴り合いで稼いでたような人間だからあんまり口うるさいことは言えないけど、無茶はしないようにね?」
「……フン」
わかってるよ。でもあたしはもう、無茶しかできないんだよ。それしか『許される理由』がないんだよ。
……そんなふうに過ごしてると、早くも秋頃。あたしが足を洗うきっかけになる、とある出来事が起こった。




