第百五十八話 許される理由(3/?)
「逢、悪いな。夕方には一旦帰ってくるから」
「……ん」
お母さんの手術はアレ1回で済んだけど、完治はスムーズにはいかなくて、何度か短期間入院することがあって。
もちろんそういう時はお父さんとお母さんが家にいない時間があって、あたしが留守を任されることになる。
「ね、ねーちゃん!おれも手伝うから!」
「あたしも!」
純はともかく、結はまだ幼稚園児。手伝ってもらえることなんて限られてるし、それどころか何をするかわからない年頃だから目を離すわけにもいかない。
この状況で一番マシなのは、純に結のことを見てもらって、あたし1人で家のことをやる。ってか本当なら、純のことも見てくれる人がいてくれると助かるんだけど。
「はぁ……」
純と結の見てないところで溜息。やっぱりこういう年頃で何であたしだけって気持ちはどうしても拭えないし、こういう日はもちろん深谷学生連合の人達と一緒に遊んだりもできない。それがどうしても悔しくて。
「……ん?」
呼び鈴が鳴って引き戸を開けると……
「よォ、"逢"」
大樹さんと晴香さんの姿。
「悪い。連絡入れたと思うけど、今日はちょっと出られなくて……」
「"理解"ってるよ。"協力"に来たンだよ」
「え……?」
「とりあえず上がって良い?」
「お、おう……」
「「…………」」
半ば強引に上がってきた2人を、純と結が陰からじっと見つめてる。
「アイツらが"弟"と妹"か」
「こ、こんにちは……」
「…………」
まぁ晴香さんはともかく、大樹さんは表情と髪型がやたらイカついからね。純と結はおっかなびっくりな感じで頭を下げる。
「おう、挨拶できるたァ"上等"じゃねェか。大樹だ。よろしくな」
「アタシは晴香」
「純です……」
「結……」
「純と結か。良い名前だ」
「逢。これ、アンタの母ちゃんにお見舞いってことで」
「あ、ありがと……」
晴香さんが手に持ってた紙袋を受け取る。お母さんが帰ってきた後で開けたらかなりお高い羊羹だった。
「アタシ、何すれば良い?」
「あ、えっと……じゃあちょっと料理手伝ってくれるか?」
「わかった」
「コイツらのことは俺が見てるぜェ……」
まぁ実際助かったし、この2人なら家に上げても特に心配はなさそうってことで……でも一応、時々様子を見ながら。
「おう、何して遊ぶ?」
「じゃ、じゃあこれ……」
「ブロックか。懐かしいな。よし、やるか」
当時の結がハマってたブロック遊び。バケツいっぱいに入ったカラフルなブロックを繋げて色々作るやつ。もちろん、まだ幼稚園児の結にはそんなに凝ったものは作れなかったけど。
「んー、見た感じカレーでも作るの?」
「うん。どれでも良いから野菜切ってくれるか?」
「わかった」
慣れた手つきで玉ねぎを切る晴香さん。こっちは特に気にすることはなさそう。問題は大樹さんの方……
「向こうが気になる?」
「あ、うん。まぁ……」
「心配しなくても、アイツは間違っても一般……ましてや子供にゃキレたりしないよ」
「まぁそれはわかってるけど……」
リビングの様子を見つつ、晴香さんと話をしながら調理を進める。
「そう言や、アンタと2人でこうやって話す機会ってあんまりなかったね」
「……だな」
晴香さんとはまだ"大樹さんの知り合い同士"みたいな関係だったしね。
「せっかくだから、ここだけの話しようか」
「ん」
「アタシ、アンタのこと恨んでたんだよ」
「……え?何で?」
「大樹をボッコボコにしたから」
「…………」
「大樹ってさ、昔ッから喧嘩以外はダメダメで、でも正義感は強くて……戦隊モノのヒーローとか、その手の子供向け番組とか、とにかく"戦う正義の味方"みたいなのに憧れまくってた奴なんだよね。不良をやってるのだって、今の時代、現実じゃたとえ世直し的な理由でも喧嘩は不良しかできないからとかその程度のことがきっかけ」
「……納得」
「アタシは小さい頃は泣き虫でね……大樹にゃしょっちゅう救われた。ウチの親父も大樹のそういうとこを純粋に気に入ってるし、その反面、大樹のことを利用してる部分もある。アンタのこともね」
「ああ……そんな感じはした。正直な話、あの人の言ってることは基本的に正しいけど、何だかんだであの人も子供を利用してるなって。あんたにゃ悪いけど」
「気にしなくて良いよ。アタシもそう思ってるから。でまぁ、何と言うか……アタシん中じゃ、大樹は絶対に誰にも負けない"ヒーロー"だったんだよね。前にアンタに喧嘩売ったのだって、単純にアイツの喧嘩好きが高じてってのもあるけど、目的不明で町中を暴れ回ってるアンタのことをシメるのも目的だったんだよ。前の騒動の時と同じで、『深谷第二中学の誰かが犠牲になるのを防ぐため』ってね」
「……まぁそう思われても仕方ねぇよな」
「なのにまぁあんな見事に返り討ちに遭って……」
「負けを認めさせたのは晴香だったよな?」
「大樹が負けるとこを見るのは嫌だったけど、あれ以上傷つくのを見るのはもっと嫌だったからね」
「…………」
「でも今は、アンタも大樹と同じなんだって思ってる」
「『同じ』……?」
「数学で言えば"マイナスにマイナスを掛け合わせたような奴"。結果としては確実にプラスになる。少なくとも、"無自覚なマイナスのくせにプラスを気取る奴"なんかよりはずっと正しいよ」
"マイナスにマイナスを掛け合わせたような奴"……確かにそう。あたしはずっと喧嘩というマイナスをなるべく責められたくなくて、『喧嘩しても良い理由』を求めた上で喧嘩してきた。周りにマイナスが1つでもなきゃプラスになれない。その程度の存在。
「もちろん、真っ当なプラスな方が良いに決まってるけど……世の中理不尽なもんね。良い奴に限って、生まれ持ったもんが喧嘩の腕っぷしとか後ろ暗いもんばっかりで、嫌な奴ほど金とか勉強とかに恵まれたりする。自分自身が幸せになれるかどうかだけじゃなく、胸を張って誰かの役に立てるかどうかさえも運次第」
「……金とか勉強とかに恵まれたから嫌な奴になる、ってのもあるだろうな」
「金持ち校通いなりの見解?」
「そんなとこ」
まぁ今となっちゃすみちゃんとか優輝とか、それこそ当時だって晴香さんや叶恵さん、のりちゃんみたいな例もあったから、みんながみんなとは思わないけどね。でもあの頃はあまりにも敵だらけだったから……
「でもそれを言ったら、恵まれたのが喧嘩の腕っぷしとかばかりだから、せめて良い奴になって、『自分という存在が許される理由が欲しい』……『世の中何かに恵まれた奴は嫌な奴だらけだけど、自分は違うんだと証明したい』……そんな気持ちになりやすかったりもするのかもね」
「…………」
晴香さんが言ったのがあたしのことすぎて、次の言葉を迷ってると……




