第百五十八話 許される理由(2/?)
「逢さン!しっかり捕まっててくださいよ!」
「お、おう……んひぃっ!?」
もちろん、悪いことも普通にしてたけどね。喧嘩をたまにやったり、深谷学生連合の人達で集まってミッコさんのスクーターにニケツしたり。
「ハハハ!どうっすか!?」
「……ん、割と楽しい」
「一緒に勉強頑張りましたからね!今日は自分へのご褒美で目一杯楽しみましょうや!」
その行為がって言うより、気の合う人達と一緒にいられる時間が。
あたしが将来何になるのかはなかなか決まらなかったけどね。喧嘩は解禁したけど、お父さんの扱いを見てたらプロの格闘家になる気には尚更なれなかったし……だからこそ、そういうことを考えずに済む時間が尚更楽しく思えて。
「ッし!ちょっとこの辺で"休憩"すっか!」
「「「「「ウッス!」」」」」
先頭を走ってた大樹さんが河川敷で停まって、みんなで川を眺める。
「水切りでもやっか!?」
「おっ、懐かしいな!」
「……ん?」
夏休みの間の河川敷。グラウンドはもちろん賑わってる。サッカーをやってる子達とか、野球をやってる子達とか。
「…………」
「姉貴?」
「どしたんすか、逢さン?」
今が楽しくても、やっぱり野球をやってるのを観てると考えずにはいられない。何かが違ってたら、今も変わらずあたしもあの中にいたんじゃないかって。
だから野球をやめてからはプロ野球もなるべく観ないようにしてたんだけど……
「……そう言やあんた、去年まで野球やってたんだっけ?」
「おう……」
「……"復帰"りたくなったか?」
「今更……」
「そうか……」
お金がかかるし、野球を辞める前のあたしなんてどこにでもいる"ちょっと上手い程度の選手"。将来のことを考えたら、戻ったところで割に合わない。野球をやることで誰しもにほんのわずかに生じる『プロ野球選手になれる可能性』にすがって思い悩むくらいなら、今のままの方がまだ良い。どのみちお金にならないのなら、"深谷の中高生で多分最強の不良"でいる方がまだ自尊心は保てる。
あれだけずっとプロ野球選手になることを望んでたからこそ、今を手放して全力を尽くした上で『所詮あたしはどんなに頑張ってもプロ野球選手になれなかったんだ』って思いたくはなかったし、せめて唯一自信を持ってできることにすがっていたかった。
「っしゃ!今度全員で草野球やっか!」
「おっ、良いな!」
「やりましょやりましょ!」
「え……?」
「"頭数"は揃ってんだ。"逢"、『戻れねぇ』ンじゃなく、『戻らねェ』んだろ?」
「……おう」
「だったらせめて、俺らを選んだことを後悔させねェようにしねェとな」
「ありがと……」
「へっ、ガラでもねェな」
大樹さんが気を遣ってくれて、約束通り次の日には同じ場所に集まって草野球。
「"逢"、"投手"やるか?他に経験者いねーみてェだし」
「いや、あたしピッチャーやったことないから。スピードは出せると思うけど、お前らにぶつけたら悪いし」
「そうなのか?野球やってる奴ァ大体"投手"になりたがるもンだと思ってたが」
「間違ってねぇよ。あたしがちょっと変わってるだけ」
「逢さン、バットってこう持てば良いんすかね?」
「あ、いや……左打席に立つんなら左手を上にした方が良いと思うけど……」
「そうなンすか?あっしテニスやってたんで、こっちの方がしっくりくるンすよね」
「まぁ別に絶対そうしろってわけじゃないから、好きにしたら良いと思うよ」
人数だけは2チーム余裕で作れるけど、まともな経験者はあたしだけ。ピッチャーも上手投げで力強く投げたらストライクゾーンにまともに入らないから、大昔のルールみたいに下手投げで気持ち良く打ち合うの重視で。だからどっちかと言うと、野球よりはソフトボールに近い形。
「「「「「おおっ!」」」」」
「すっげェ!飛びすぎ飛びすぎ!」
「さすが逢さン!」
そんな状況だと当然あたしが活躍しまくる。元は選りすぐりの喧嘩集団だから運動神経の良い人ばかりだけど、やっぱり野球は経験値がものを言う。打ち合いだとしても、ショートの守備力とかでも差が付くものだから、試合は終始あたしがいる方のチームが優勢。
「"逢"、楽しんでるか?」
「お、おう……ありがとよ……」
大樹さんには悪いけど、本当に正直な話をすると心底からは楽しめなかった。もちろん、野球をやってる以上、勝つのは楽しいし嬉しい。でも、こういう雰囲気だと『打者と投手のギラギラとした勝負』なんて起こりようがない。
だから、あたしの中に微かに燻ってた心残りはますます乾くばかりで。野球のことなんて綺麗さっぱり忘れようとしてたのに、却って逆効果になっちゃって。その選択をする意思がないままなのに、『プロ野球選手』という将来の選択肢だけがじわりと蘇っちゃって。




