第百五十七話 居場所(1/?)
******視点:月出里逢******
そうやって中学の頃のことを語ってると、いつの間にか優輝がいつもみたいにあたしの胸元に顔を埋めてた。
「ひょっとして、今の話聞いて『奪られたくない』とか思っちゃった?」
「うん……」
「しかもこんなに固くしちゃってねぇ……」
「ッ……!」
「スケベ」
「うう……」
「後でたっぷり楽しもうね?ケケケケケ……」
あのクソ野郎の言ってたことはなるべく全部否定したいけど、『良い異性を独占する優越感』ってのだけは正直同感と言わざるを得ない。こんなやけに見た目の良い年上の男が情けなくすがりつく姿を見てたらそりゃ興奮するよね。
「……そんなことがあって、どうして野球に戻れたの?戻りづらかったんじゃない?色んな意味で」
「そうだね。あれからも色々あって、野球に戻れたのはそこから1年くらい後かな?」
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「ねぇ、聞いた?蛇連くんのこと……」
「転校したんだってな……」
「やっぱ月出里とのことで……」
あのクソ野郎は思った以上にヘタレ……いや、もしかしたら例の件が外に漏れたら親の仕事とかがヤバいからって理由かもしれないけど、早々に尻尾を巻いて逃げてった。
「えー、この問題は……今日は25日だから、月出里……」
「zzz……」
「えっと……やっぱり須藤!」
真面目に授業を受けないのは前からだったし、こうなった後も家のことはちゃんとやってたし、睡眠時間をカバーするためってのは変わってない。
「せ、先生!また月出里さんが学校から出て行っちゃいました!」
「何ィ!?」
でも、"良い子ちゃん"をやめて自分のやりたいことをやりたいままにやるようになったのも事実。
(ま、まぁ月出里のことは生活指導のゴリ松……高松先生が何とかしてくれるだろ……)
学校の方も相変わらずで、ただただ"名門"を気取るばかり。
「月出里!とりあえずそのピアスだけでもさっさと外して……」
「あ?」
「あ、いや……」
あのクソ野郎との一件は表沙汰にはならなかったけど、中等部の先生とか同じ学年の子達は大体みんな知ってた。
ただでさえ時代が時代で生徒に強く出られない先生達。しかも学校が学校だから生徒は育ちの良いおぼっちゃまやお嬢様ばっかりって考えてたんだろうから、複数人の男子を1人で病院送りにしたあたしと向かい合うほどの度胸のある先生はいなくて、結局卒業まで校則違反を強く咎めてくることはなかった。
(ま、まぁ月出里のことは教頭先生が何とかしてくれるだろ……)
(ま、まぁ月出里さんのことは校長先生が何とかしてくれるでしょう……)
(ま、まぁ月出里くんのことは理事長が何とかしてくれるでしょう……)
責任のボールを大人同士で押し付け合うばかりで、そのせいであんな酷い目に遭ったけど、そのおかげであたしは自分勝手を貫けた。
「おうおう佐々木ィ?ちょーっと融資してくれねぇか?」
「俺ら時代の最先端をゆく若者だからよぉ?プロゲーマーを目指すべくゲーセンで修行したいわけよ?わかるよなぁ?」
「うう……」
「おい」
「「あん……?」」
あの頃のあたしはきっと自分の強さに酔ってたんだと思う。でもあたしはずるい女だから、誰彼構わず喧嘩して後ろ指さされるのは嫌だった。
「う……うう……」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!」
「あ……ありがとうございます!助けていただいて……」
「フン……」
だから、『自分が可愛いことを許される理由』だけじゃなく、『喧嘩しても許される理由』も探した上で好き放題やってた。
「逢、その……最近学校はどうだ?」
「…………」
お父さん達もしばらくはあたしにアレコレ言うことはなかった。当たり障りのないことを言うばかりで。
そりゃそうだよね。お母さんがちゃんと治らない限りはあたしがいなきゃ家のことが回らないんだし。弱みをつけ込んでるような負い目もちょっとあったけど、『こんなことになったのはお父さん達のせい』ってことで押し通してた。
「えー、次のニュースです。埼玉県K市で女児複数名に対して暴行を行った疑いで逮捕されたK人男性ですが、さいたま地検が不起訴処分としました。このことについてネット上では批判の声が相次いでいます」
「被害女性のプライバシーを守るという意味もありますし、まだ疑惑の段階でしょう。このようなヘイトスピーチは決して許されることではありませんよ。ここ最近の日本は右傾化の傾向がありますが、もっと国際的な視点に立って、外国人参政権なんかも……」
「怖いわねぇ……」
「結。それと、純もだな。外で遊ぶのは良いけど、なるべく早く帰るようにな」
「「うん」」
「…………」
「あ、逢もな……」
最近の埼玉は外国人の問題で県外の人にも注目されがちだけど、日本中でそういうのが話題になるってことは、県内じゃもっと前から問題になってたということ。ウチの校長もそうだったけど、困ったことに偉い大人達は視野を広く持ちすぎてそもそも問題だと思ってなかったから、ここまで問題が膨れ上がっちゃったわけなんだけどね。
「いやあああああ!!!助けて!やめて!いやあああああ!!!」
「フヒ、フヒヒヒ……!ヘイトスピーチは許されマセーン!」
「おい」
「ワッツ?」
我慢することをやめて以来、『当たり前』や『強い何か』に守られてるだけで調子に乗ってる奴らが鼻についてしょうがない。そんな奴らほど"弱者の味方"を気取ってるような奴らに守られてるという現実も。
「う……ぐぐ……け、ケンポー違反デース……」
「あ……ありがとうございます!助けていただいて……」
「フン……」
でも、あたしだって生まれ持った『力』に守られてるだけ。だから、感謝の言葉をもらう資格はない。たまたま何かに恵まれた奴としての義務を果たしてるだけ。『喧嘩しても良い理由』を求めてるだけ。
あたしは今も昔も"ヒーロー"なんか似合わない。結果として世の中を少しでも綺麗に回そうとしてるけど、そんなのだって、『汚く回ることを望んでる世の中に対する嫌がらせ』でしかない。
 




