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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百五十六話 悪魔(5/?)

「よう月出里(すだち)ィ……」

「何……?」


 その日は珍しく、朝からちょっかいをかけられることがなかったけど、給食の後にアザミって奴から声をかけられた。


「今日ちょっと放課後にみんなで集まってワイワイ遊ぼうと思ってなぁ。お前もツラ貸せや」

「悪いけど、あたしすぐ帰らなきゃだから」


 家のことをしなきゃなのは本当のことだけど、今日は一段と酷いことをされるのも察した。


「つれねぇなァ……何ならお前の弟や妹も招待してやろうか?」

「……!?」

「アタシにも小学校通ってる妹がいてなァ……アタシの男友達の間でも評判だぜェ?妹の方はもちろん、弟の方もなァ。世の中ほんと物好きな奴が多いよなァ……」

「…………」

「で……もう一度聞くけど、家のことよりもアタシ達の友情を取ってくれるよなァ?」

「……わかった」


 お父さんを散々悪く言って、あたしに好き放題してるだけじゃなく、(じゅん)(ゆい)まで……この時点であたしも我慢の限界に来てたけど、やっぱりあの2人に危害を加えられることを考えたら、『あたし1人だけ犠牲になれば』と思っちゃって……


「……!!?」


 放課後の、クラスの数の関係で普段使ってない教室。そこにいたのは、いつもあたしにちょっかいをかけてくる女子の集まりだけじゃなかった。











「よう、待ちくたびれたぜ(あい)

蛇連(だつら)くん……?」


 しだだれかかるアザミや他の女子に囲まれて王様みたいに座る元彼……学園中で優等生と評判の鬼灯蛇連(ほおずきだつら)。小学校の頃から身に付けてる10万以上したっていうペンダントをいじりながら、ニヤニヤとあたしのことを見て。

 そしてその周りに立ってるのは複数の男子。三好(みよし)くんとか、小学校の頃にその三好くんにちょっかいかけてた男子とか、あたしがちょっかいをかけられ始めた頃にあたしを庇ってくれてた男子達まで。


「どういうことなの、これって……?」

「そろそろ『あの日の続き』をって思ってなぁ……」

「『あの日の続き』……?」

「決まってんだろ?」

「……!」


 立ち上がってあたしに近づき、身体を寄せて、まさに『あの時』と同じようにあたしの身体を(まさぐ)る元彼。


「あの時みたいに拒否っても良いんだぜ?その場合はお前の弟と妹をご招待して、そこにいる俺のダチの相手をしてもらうけどなぁ……ヒヒヒ……」

「……一体どういうことなの?何で蛇連くんがこの人達と……?何で三好くん達まで……?」

「察しが(わり)ィなァ月出里。要は全部、蛇連くんが仕組んだことなんだよ」

「!!?」

「ヒヒヒ……俺に欲しがられてもお堅いままのバカ女には良いお仕置きになっただろ?その点、アザミは賢い女だぜ?なぁ?」

「うん、蛇連くん。アタシ、蛇連くんのためなら何でもするからねェ?」

(わり)ィなぁ。そんなこと言ってくれるアザミなのに、"いじめっ子"なんて泥を被せちまって」

「ううん。アタシもコイツにムカついてたし、ウサ晴らしにはちょうど良かったよ」


 あたしに絡み続けながら、アザミの相手もする元彼。


「ふ……ふひひ……月出里さん、ぼ、僕もこの日をずっと楽しみにしてたんだよ……」

「三好くん……?」


 鼻息荒く顔を寄せる三好くん。


「逢。いくら三好が急に成績上げたってな、金持ち校の特待生なんてそう簡単になれるもんじゃねぇんだぜ?塾でずっと評価されてたとかそういう奴じゃねぇと普通は選ばれるものじゃねぇんだよ。普通はな。だが三好『も』俺のために一芝居打ってくれたからなぁ」

「……!?」

「蛇連さん、俺らの演技もなかなかのもんだったっしょ?」

「ああ、お前らもよくやってくれたぜ」


 三好くんにちょっかいかけてた男子達も、元彼のご機嫌を取るように。

 そこで全てを理解した。元彼が"ヒーロー"になった道筋は、全部元彼自身が作ったものだって。


「前に障がい者を助けたとか痴漢を捕まえたとかで表彰されてたのも……」

「底辺の連中が世の中に『選ばれた』俺に貢献する。それはつまり世の中に貢献するのと同じこと。ああいう連中にとっても名誉なことことじゃねぇか?プランクトンだって1匹1匹は雑魚でもデカいクジラのわずかばかりの栄養にはなれる。つまりはそういうことだ」


 元彼は本当に見た目だけの奴で、自分の評価を上げるためなら他人を散々利用する。他人を単に騙すだけじゃなく、危害を加えたり、罪をなすりつけたり。社長をやってるお父さんのお金とか、地主のおじいさんの立場もフル活用して。自分のやってることも考え方も正しいことだと信じて疑ってなかった。

 そんなマッチポンプに気付かず、こんなサイコパスなクソ野郎に惚れたあたしのバカさ加減も、そこでようやく理解できた。


「ッ……!」


 クソ野郎は調子に乗って触るところをどんどん広げて……


「そしてお前も『選ばれた』んだよ。『選ばれた』俺によってな。名誉なことじゃねぇか。より良い男がより良い女を抱いてより良い人間を生み出し、そして世の中は少しずつ良くなっていった。それがこの世の摂理。俺がやることってのは全部世のため人のため。これからお前にすることもな」

「…………」

「ここ最近じゃ絶対悪の如く取り上げられる『いじめ』だってそうだ。"強者"が"弱者"を喰い物にするのなんてそもそも自然の摂理そのまま。子供の内から狭い環境の中でもより上の"強者"を志すことは、これから先さらに進む国際化の中で競争力を育むのに役に立つ。何の取り柄もねぇ"弱者"も"噛ませ犬"になることでお国のため、世の中のために役に立てるわけだ。実に結構な『救い』じゃねぇか」

「まさか、お父さんのことまで……?」

「流石に俺だってそこまで万能じゃねぇよ。だが、俺とは無関係の『選ばれた』誰かがしでかしたことなのは間違いねぇだろうなぁ。その『選ばれた』誰かがやったことに便乗して我を通す。ここにいる俺以外の野郎共だってそうだ。俺の『おこぼれ』が欲しくて欲しくて今日この場に来てるんだよ」

「だ、蛇連さん……その、俺らにもちょっと……」

「あ?調子こいてんじゃねぇよ?」

「す、すんません!」

「まぁ俺だって鬼じゃねぇ。このまま特等席で見物させてやるぜ……ヒヒヒ……」

「「「あざっす!」」」

(((クッソォ、俺らも月出里と……)))


 仰向けに倒されたあたしの手足を、他の男子達が揃って抑えつける。クソ野郎はあたしを見下ろすように四つん這いになって。


「いくら相手が蛇連くんでも、こぉんな見た目の良い女がこんな形でねぇ……クヒヒ……www」

「アハハハハwwwwwクッソ良い気味wwwww」

「その見た目で今まで散々良い思いしてきたんでしょ?マジざまぁみろだわwwwww」

「お父さんが雑魚だったばっかりにこんな目に遭って……かわいそうにねぇ……ぷくくwww」

「まぁ顔だけの成金女なんてみんなこうなるのが世のため人のためよねwwwww」


 そしてそんな様子を愉快そうに眺める女子達。


「月出里さん……月出里さん……」

「三好くん……何で三好くんまでこんな……」

「ぼ、僕はずっと月出里さんが欲しかったんだ……君に触れた時からずっと……月出里さんにちょっとでも釣り合えるように勉強も頑張って……!だ、だからこのくらい良いだろ!?せ、せ、せめてこうやって月出里さんに触れて……!」

「ッ……!」


 抑えられてる腕に爪が突き刺さる。流石に痛い。

 ……"持つ者"は"持たない者"を好き放題に扱うけど、"持たない者"は"持たない者"でそんな"持つ者"を妬みつつ、因果応報を信じてる。自分の努力が報われること、せめて自分の次の世代が"持つ者"になること、"持つ者"が"持たない者"に堕ちることを。

 それが世の中の『当たり前』なんだって、あたしはこの時散々思い知った。


「ヒヒヒ……まさにこの世の縮図だよなぁ?他のオスどもはお触りが精一杯、『選ばれた』俺様だけが極上のメスを手に入れて……まさに最ッ高の優越感……!何年もかけてお膳立てしてきた甲斐があったわ」

「……蛇連くんと出会った時点で、あたしはこうなる『運命』だったってこと?」

「そうだよ。『運命』なんてもんは結局のところ、『選ばれた』人間が行動した結果でしかねぇんだからなぁ。逆に言えば、『選ばれた』人間は『間違える』ことはねぇ。どんな結果であろうと、それは『運命』になっちまうんだから。俺らみてぇな"選ばれた奴"が作った『当たり前』に沿って世の中は動くんだから。仮にそうでなくても、こうやって今まで散々好き放題しても俺はヘマをしなかった。『鬼灯蛇連(ほおずきだつら)は我が校が誇る"優等生"』として周りに認知させることに成功し続けてる。俺は生まれながらに約束された"成功者"。それが『運命』で、それが揺るぎねぇ事実だ」

「そう……」


 そこであたしは何もかもがバカバカしくなった。いくら他人を傷つけるのが嫌だからって、こんな"悪魔"みたいな奴らに『折れて』きたこと。世の中こんな"悪魔"みたいな奴だらけなのに、他人の良心をとことん信じてたあたし自身のことも。たとえお父さんをバカにされようがあたしがただただ『折れて』きたから、純や結を守るどころか、脅しに使われるようになってしまったんだとようやく自覚できた。

 何年も何年も大切に手入れしてきた、あたしの頭の中のお花畑。それがあの時、一気に吹っ飛んだ。あのクソ野郎が言うところの"選ばれた奴"が作り出す『当たり前』を全部否定してやりたくなった。


 ほんと、がっかりだよね。お父さんを潰した奴らと言い、このクソ野郎と言い。世の中もうちょっと綺麗なものだと思ってたのに。

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