第百五十六話 悪魔(3/?)
「痛ッ……!?」
「ど、どうしたの逢ちゃん……?」
下駄箱を開けて上靴を取ろうと、かかとのところに指をかけたら、そこで鋭い痛み。人差し指と中指からじわりと血が滲む。上靴の中を見てみると、画鋲がテープで貼り付けてあった。
「大丈夫!?」
「う、うん……」
「酷い……誰がこんなこと……」
怪我をしたのは左手なのが不幸中の幸い。野球をやってた時の習慣で、利き手の方を守るために簡単なことは左手でやったり、カバンを肩に掛けたりするのも左っていう癖が付いてたから。これなら家のことも問題なくできる。そう前向きに捉えて、こういうのもできるだけ無視。
……小学生の頃も下駄箱の中身で難儀してたけど、これは全く嬉しくない。当たり前だけど。
「月出里さぁん?今朝の『プレゼント』はお気に召したかしらぁ?」
「今日はお前のためにわざわざ30分早く登校してやったんだからなぁ?感謝しろよ?」
「…………」
まぁそうやって黙ってたら、物好きな女子達はどんどん気が大きくなって、教室でも堂々と絡んでくるようになった。
「「「…………」」」
庇ってくれてた男子も、ここまで来たら『触らぬ神に祟りなし』って感じで。
「何か文句はございませんの?」
「いや、別に……」
「ハッ……テメェみてぇな女はどうせ同じ女を内心見下しまくってんだろ?だから今だってそうやって澄ました顔してられるんだろ?『どんだけピーピー言ってようが所詮あたしよりブス』ってなぁ?ほんとムカつくわ」
人の上に立ちたがる奴らは決まって、自分より下の人間は自分より何もかも下じゃなきゃ気が済まない。小学校の頃の三好くんみたいなのはある種の人気者。そういう奴らにとっちゃ、その望みを存分に叶えられるんだから。
……この手の奴は揃いも揃って親がそれなりの立場にいる奴ばっか。下手をするとまたお父さんが大人の世界の事情に潰されるかもしれない。それにここで逃げたら、お父さんの言うとおりきっとお母さんも『自分のせいだ』って苦しむ。
「ねーちゃん、どうしたの?めっちゃ辛そうだけど……」
「大丈夫、心配ないから」
「……おれ、何か手伝うよ」
「ありがと……」
幸い、純は3つ下。中学高校は別。だからとりあえず中学の3年間は耐えて、適当に将来の夢を立ててそれに適った別の高校に行く。そういう考えでいた。
どんなに嫌な奴が相手でも、やっぱり力ずくでみたいなのは嫌。そういう意地も、あの頃のあたしにはあった。
「月出里さぁん。ちょっと匂うんだけど、ちゃんとお風呂入ってるぅ?」
「おら、これで拭いとけよwwwww」
「…………」
まぁそのせいで2年に進級する頃にもなれば、雑巾を投げつけられたり、直接的に手を出されるようにもなっちゃったんだけどね。
「ヒューッ!やるねぇアザミ!」
その中心になってたのはアザミっていうクソアマ。あたしが例の彼氏と付き合ってた頃に例の彼氏に告白してフられてた子。前々から恨まれてたのは何となく気付いてたけど、そんなのと同じクラスになっちゃったのが運の尽き。
「コイツ確かずっと体育5だろ?体力測定でも学年どころか高等部含めてもトップクラスとか……」
「それでやり返す度胸もないとかどんだけヘタレなんだよwwwww」
「とことん父親似のとんだドM女だなwwwww」
「ほんと良いサンドバックだわお前wwwwww」
あたしの見通しはとことん甘かった。あまりに愚直に他人の良心を信じすぎた。結局、『やり返さない』っていう実績が積み重なって、周りはますます調子づくばかりだった。
「…………」
そしてそこまで発展しても、見て見ぬふりのふりの先生達。
表沙汰になれば学校の評判にも響く。きっとそんなとこだったんだと思う。"できたてホヤホヤ私立校"の良いところを享受し損ねて、悪いところを享受しまくることになってしまった。
「……!」
「ッ……!」
2年になって別のクラスになったのりちゃん。廊下からあたしのそんな様子を見てたのに、同じように見て見ぬふり。
まぁしょうがないよね。のりちゃんにものりちゃんの立場がある。自分を守るのが最優先なのは当然のこと。
のりちゃんのことだから、あたしがクッソ可愛いからとかで『ざまぁみろ』なんて考えたりしない。『クラスが別になってようやく"あたしの友達"から解放された』って気持ちになるくらいなら何も悪くない。
「うっ……ううっ……」
「うわwwwとうとう泣き始めたwww」
「お前ドMなんだからほんとは嬉しいんだろ?なぁ?」
……涙ですら笑いの種にするようなクソッタレどもに、あたしは何であんなに遠慮してたんだか。




