第十七話 我儘の資格(3/4)
******視点:雨田司記******
「「「「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」」」」
ゲームセット後のベンチも、相変わらず静まり返ってた。ベンチに一番最後に帰ってきた月出里を、みんなで黙って見つめてる状態。そして月出里は、誰とも目を合わせない。
「な……ナイスバッティングだったよ逢ちゃん!」
「そ、そうだよ!惜しかった惜しかった!!」
天野さんと秋崎は本当にお人好しだな。だけど、ボクだって今日はそういうのに救われてるからアレコレ言えないし、これから先も言うつもりはない。
「ま、まぁミスなんて誰でもやるって。月出里ちゃんやって「違うんですよ」
冬島さんのフォローに被せて、ようやく月出里が切り出した。
「違うんですよ。あれはミスじゃありません。あたしの意思です。きっと」
……そうだろうな。きっとみんな察してた。ボクなんかは尚更ね。自慢にもならないけど。
「あの時、あたしも最初は手を出す気なんかなかったんです。でも、『お情けでもらった3点で勝つ』ってのが自分の中で引っかかってて、同じようなことをファンの人達も言ってたから、そのことがあの一瞬で頭の中をよぎって……気づいたら、振ってました」
いつも涼しい顔してる月出里だけど、この時ばかりは流石に声も体も震わせてた。
「勝てた試合なのに……あたしがつまらないことにこだわっちゃったから……みんな頑張ったのに……ごめんなさい……ごめ゛んな゛さい……!」
やっぱりキミはボクとよく似てるよ。
「月出里」
だから……少しくらいは、ね。
「キミがあの打席に立てるような状況になったのはキミ自身の功績だとボクは思ってる。ボク達の名誉を挽回する機会を作って、戦意を奮い立たせて、氷室さんのピンチを救って……そういう過程があったからこそだから、そのことは誇るべきだと思う」
夏樹が変質者にでも会ったような顔でボクを見てるけど、まぁしょうがない。柄にもないことをしてるのは自覚してる。
「もちろん、その上で最後にふいにしたのは褒められたことじゃない。これはあくまでボク個人の意見。だから……ボクには謝る必要はないよ。ボクだって打たれた責任があるんだしね」
少し落ち着いた、か……
「……せやな。ウチなんかエラー2つに併殺1つや。クリーンナップで唯一打点ナシやしなぁ……」
「オレも6番なのにロクに打てんかったし、雨田くんと一緒に調子乗ってたとこはあるしなぁ……」
「僕も一軍経験が一番あるのに指名打者で打ててないのは申し訳ないと思ってるよ」
「わたしも守備は結果オーライだったし、塁に出ることすらできませんでした……」
「ワタクシメも上位打線なのに繋ぎばかりで塁に出られませんでしたね……」
「あっくんの時とかそんなん関係なく、ほんと守備に関しては反省しまくりだよ……流れまで悪くしちゃったし」
「火織のミスはあくまできっかけで、『ランナー出た時に投球が乱れる』って課題は俺自身の問題だからな……」
「正直おれも、流れが良いのに乗っかれてただけだと思う。あと2、3点取られててもおかしくなかった」
「あっしは特にまずったことはしてないけど、そもそもバッター1人シメただけだしなぁ。形は違えど、これも実力不足の証明だろうな……」
「私も、初回と最終回に限って凡退してしまったことが悔やまれますね……」
「ぼくもランナーのいる状況いっぱい作ってもらったのに、結局はソロムランでしか点を取れてないしね……」
そう言って、天野さんは月出里の肩に手を置いた。
「結局はさ、順番の問題だと思うよ。たまたま最後に逢ちゃんが間違えちゃっただけ。みんなだって大なり小なり反省点があるんだし。反省点は過去に生かすことなんてできっこないんだし、次またやるんなら今度は絶対勝とうよ。みんなにとっても、逢ちゃんにとっても望ましい形でね」
「……はい!」
天野さん自身も言うように、順番の問題だろうな。この試合は誰かがずっと活躍したわけじゃない。最後に活躍したのが天野さんだからこそ、こうやって月出里をフォローできたんだろうね。ボクには出過ぎた真似だったかな……
「雨田」
「……何だよ?」
「やるじゃん」
……全く、よりによって最後に夏樹に助けられるなんてね。
「よーし、両軍撤収だ!ミーティングルームに集合!」
「月出里。終わったら私のとこにきなさい。絶対に、すぐによ」
「は……はい……」
振旗コーチの呼び出しを喰らう月出里。月出里の指導を主に請け負う立場として改めて、ってとこかな?
月出里もだけど、ボクも色々とケジメをつけないとね。
「秋崎」
「ん?どうしたの?」
「解散の後、時間作ってくれるかい?」
「……?うん、良いよ」
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******視点:柳道風******
「して、樹神よ。今日はなぜわざわざ来たのかの?『50になっても現役』と言うのなら、ワシの真似事をするのはまだ早いと思うがのう」
ミーティングを終え、監督室に樹神を呼び出した。こうでもせんと、このひねくれもんはワシに対しても本音を出さんからのう。
「……監督にとっての俺はどういう選手ですか?」
「そりゃあもう、お前と旋頭はワシが指揮を執った中では最高の選手じゃよ」
「フッ……そう言ってもらえると助かります。でも、今だけ見てもそう言えますか?」
「……そうじゃの。ワシはお前の『最高の時』ばかりを見てきたからのう」
「ええ。監督がバニーズに来たのは俺の3年目の時。最初の2年はほんと悔しかったっすよ。コーチにバッティングフォームのことで色々言われながらも一応起用してもらえたのに、結果だけ見ればコーチの言う通りみたいになっちゃって。その時の悔しさをバネにできる機会を監督にもらえたから、ついこの前まで"世界のスーパースター"でいられたんですよ。でも今となっちゃマイナー契約すらも危うい状況。さすがの俺でも参ってたんすよ」
「だとすれば、ワシにはお前を励ましてやれんの」
「そんなことはないですよ。こうやってぶっちゃけた話ができるのは監督だけですし、それに、監督がまた改めて作ろうとしてるチームも、俺の『最初の2年間』を思い出させてくれました。キレのなくなった身体に無理して鞭を打つよりも良い調整になりましたよ」
「そうかそうか。それは何よりじゃ。それで、ウチの未来のスター達の中で誰が一番気に入ったかの?」
「そりゃあもう、監督の推しのあの子ですよ。"普通にできる奴"程度なら俺の相手にならないっすよ。俺を脅かせるのはああいう"底の見えない奴"っす。今のところ守備が一番すごいのかもしれないっすけど、俺としちゃバッティングの方が気になりますね。全く空振りしないし、最後のライトフライも多分アレ、狙って打ったんだと思いますよ。バットが折れてもアレだけ飛んだだけなら単なるパワー自慢っすけど、とてもそれだけには見えないっすね」
「フォッフォッフォッフォッ……お前にもそう見えたか」
「いつかあの子とメジャーでやらせてくださいね」
「このトシになってもメジャーリーガーの送り出し役か……フォッフォッフォッ、そうじゃの。それもまた一興じゃな。なら樹神ももう弱音を吐いてはおれんのう」
「ええ。今日のことは誰にも言わないでくださいね?」
「もちろんじゃ。お前はいつまでも"ヒーロー"でおらんといかんからの」




