第百五十五話 月出里勝はなぜ加藤信浩を殺さなかったのか(1/?)
******視点:月出里逢******
「おとーさん、がんばってね!」
「とーちゃんファイト!」
「おう!」
「…………」
「じゃ、じゃあ行ってくるな……」
純と結は単純にお父さんの活躍を期待して笑って見送ったけど、あたしはあれ以来お父さんと口を聞かないまま。
「えー、次はスポーツのニュースです。総合格闘技日本チャンピオンの座を12戦連続で死守する"天才格闘家"加藤信浩。次なる挑戦者は帝国東リーグで13年間無敗を貫いてきた、知る人ぞ知る"裏の王者"月出里勝」
「あ、おとーさんだ!」
「月出里選手は柔道出身の格闘家ですが、あらゆる格闘技に精通し、非常に多彩な技を繰り広げる技のデパート。あえて相手が仕掛けるのを待つファイトスタイルでも無敗を誇る無類のタフネス」
「あまり世間では知られてない選手ですが、格闘技ファンの間じゃ"現役世界最強"を考察する際にはまず間違いなく名前が挙がるほどの存在ですね。テレビではまず流れない彼の試合を観るためだけに本州の端から何度も観にくる熱心なファンもいるとか」
キー局のニュースでついに流された、お父さんの試合の一部。
こんな時にお父さんの名前がようやく世間に知れ渡った。でも、その名前が世の中に定着することはなかった。
「逢ちゃん!お父さん、あの加藤に挑戦するんだってね!」
「う、うん……」
もちろん、その次の日くらいは学校の話題になってたけど。
「何かその加藤って人、テレビでやたらよく聞く名前だよね。そんなにすごいの?」
「え?逢ちゃん知らないの?」
「うん、まぁ……あたし、お父さんの試合は観るけど格闘技よりは野球だから……」
「加藤信浩は格闘技だけじゃなく学歴も六大学出身で、CMもよく流れてるあの加藤製薬の会長の孫なんだよ。見た目も良いから女性ファンもいっぱいで……」
「へぇー……!」
「?どうしたの、逢ちゃん?」
「いや、何でも……」
のりちゃんの言葉で気付いた。その加藤って人、あの彼氏と同じような人間だって。
いくらこのタイミングでのお父さんでの全国デビューには思うところがあるって言っても、やっぱりやるからには勝ってほしいっていうのが本音。でもそれに気付いた途端、彼氏に迫られたあの日のことを思い出して、言葉にはできない嫌な予感がした。
「さぁいよいよゴングが鳴りました!"絶対王者"加藤信浩、対するは"裏の王者"月出里勝!真の意味での"王者"は果たしてどちらか!?」
そしてあっという間に忘れられない日が来た。お父さんのプロ格闘家としての、事実上最後の試合。
「両者、まだ仕掛けません。まずは間合いを見極めている模様……」
「とーちゃん!」
「おとーさん、がんばれー!」
家のテレビで、純と結と一緒に一挙手一投足を見守る。
自分から仕掛けないお父さんのファイトスタイル。見慣れた光景だけど、ようやく"最強"を目指して戦うんだから、確実に勝ちにいってほしい。そんな感じで少し苛立ちを覚えたりしてた。あの嫌な予感も取り越し苦労だったと思わせてほしかったし。
「!!ここで加藤が仕掛けた!」
大して速くもないパンチ。受けたところであのお父さんならきっとどうってことない。早くいつものルーティンを済ませてほしい。そのくらいの考えだったけど……
「!?ぐあっ……!!?」
「「「!!?」」」
妙に痛がるお父さんの姿。純と結にとってもそうだったみたいで、予想外の光景で呆然としてしまって……
「月出里、ここでダウン!いや、しかし立ち上がった!!」
あっという間のダウン。お父さん自身も今起こってる状況に混乱してるのか、立ち上がった後は試合の合間を縫って何度もリングの外に視線をやってた。
「ここで月出里、バックを取って絞めに……いや、ここでレフェリーが止めます!先ほど月出里選手が金的蹴りを仕掛けたとのことで、その注意のようです!」
「何でだよ!?とーちゃんそんなことしてなかっただろ!!?何であんなとこで止めるんだよ!!!?」
純の言う通り、本当に意味のわからない試合展開だった。序盤のダメージが想定外に大きかったせいか、いつもよりずっと動きが鈍くなりながらも隙を見て勝ち筋を作ろうとしてたのに、こんなふうに止められて。というかそもそも、お父さんはこの試合の中で、何故か当て身を全くやってなかった。お父さんは元々柔道が専門で、アームロックが代名詞みたいなとこがあったけど……
「ウィナアアアアア!!ノブヒロオオオオオカトオオオオオ!!!」
「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」
「やりました加藤!13戦連続タイトル防衛!1つの不敗神話が続き、1つの不敗神話が今ここで終わりを迎えました!」
不自然に血まみれで倒れるお父さん。そして、勝利を誇るように両拳を掲げる加藤って人。
どう観ても不可解な試合展開だったのに、テレビに映ってる観客はみんな『当然の結果』と言わんばかりに、加藤って人の勝利に熱狂してた。
「う゛……あああああっ!おとーさん!!おとーさあああん!!!」
「結……ぐっ……」
自分も泣きそうなのを必死でこらえつつも、泣きじゃくる結を必死で慰める純。
あたしも気持ちとしては同じ。絶対に"最強"と信じて疑ってなかったお父さんの惨敗。戸惑いは強かったけど、今まで頑張ってきたお父さんの全国デビューがこんな形で終わってしまって、お父さんと、お父さんを支えてきたお母さんの気持ちを考えたら、やっぱり悲しみの方が強くて。




