第百五十四話 天使(5/?)
色々と変わり始めたのは中1の秋頃。夏の大会が終わって、3年が引退してすぐくらい。
「えーでは今度の秋季大会、1回戦のスタメンを発表する!1番センター、三枝!」
「ハイ!」
夏の大会はあたしも一応ベンチ入りはしたけど、代走でちょっと出たくらいだった。
「7番レフト、金子!」
「!!ハイ!」
のりちゃんは1年で一番良い打撃屋ってことで、代打で何度か。外野の層は厚くなかったし、そんな感じであたしよりは監督に信頼されてたし、これにはあんまり驚きはなかった。
「9番ショート、月出里!」
「うぇっ!?は、ハイ!」
「月出里がショートスタメンかぁ……」
「まぁ普通に守備クソ上手いし、アホみたいに肩強ぇからなぁ」
優輝も知っての通り、昔から守備と走塁だけは認められてたけど、ショートは年功序列で2年の先輩が選ばれると思ってた。
「我が校は旧いやり方には縛られん。次の秋季大会こそ優勝を目指す。そのためには月出里の守備が必要だ。頼んだぞ」
「ありがとうございます!」
歴史が浅くて、赤字覚悟で特待生を呼んで実績を作ろうとしてる私立校らしい方針。そういうのに助けられたとはいえ、やっぱり嬉しかった。
「やったね逢ちゃん!頑張ろうね!」
「うん!」
「あ、あのさ、月出里……」
「?何です、先輩?」
「これから二遊間組むわけだからさ、その、何か相談したいことがあったら俺に言ってくれよ?」
「は、はい……」
「ウッゼ……」
「監督にも九条にも媚売りやがって……」
折悪く、その時のセカンドのレギュラーは野球部で女子人気一番の先輩。そして多分あたしがショートのスタメンに選ばれるだろうなって思ってた先輩は同性。
そんなところで余計な反感を買ったりしたけど、あたしだって野球をやってる人間。そうやって評価されるのが嬉しくて、周りにどう言われたとしても、心の中で『勝ったのはあたし』って言い返せば引きずることもなかった。
「おめでとう、逢」
「うん……」
いつもの彼氏との逢瀬も、一種のご褒美みたいに思えて、いつもより少し長めに。
……そんな嬉しい日だったのに。
「ただいm「!!!おねえちゃあああああん!!」
「!?」
玄関を上がればいつも通り、結のお出迎え。でもその時は悪い意味で熱烈だった。泣きじゃくって、あたしにへばりついて離れない。
「ど、どうしたの結?」
「お、おかーさんが……おかーさんが……」
「え……!?」
胸騒ぎがして、へばりつく結を抱き抱えたままで台所へ向かうと……
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
「!!?お母さん!?お母さん!!?」
「あ、逢……ぐっ!ゲホッ!ゲホッ!」
床にうずくまって、血を吐きながら咳き込むばかりのお母さんの姿。この日は運悪く、お父さんは県外の試合へ向かってた。純も友達の家で遊んでる最中だったみたいで。
「牡丹……ううっ……」
「「「…………」」」
救急車を呼んで、お母さんはすぐに手術室へ。あたしはいったん家に戻って純と結を病院に連れて来つつ、千葉の方のおじいちゃんとおばあちゃんも呼んで、ただただお母さんの無事を祈ってた。
「逢!」
「!!お父さん!」
「牡丹は!?」
「今あそこで……」
「貴様!牡丹をもらっておいてこんな時に……!」
「おじいちゃん!落ち着いて!落ち着いて!」
「……すみません」
「こんなゴロツキに娘を任せてなければ……!」
「…………」
突然のことで、みんな余裕のない状況。お父さんが遅れてきたのはもちろん県外にいたからだけど、そんなことを言い訳しても余計に波風が立つだけって思ったのか、お父さんはおじいちゃんの怒りをただただ受け止めるばかりだった。
「先生、家内は……?」
「どうにか一命は取り留めました。あと少し処置が遅れていれば危なかったかもしれません……」
「…………」
あの日、あたしがいつも通りもう少し早くに帰ってたら。あの時はご褒美でしかなかった彼氏との時間をただただ後悔するばかりで。
「……勝?」
「!!牡丹!良かった、良かった……」
「もう、大袈裟ねぇ……」
とりあえずお母さんの意識が戻って、それだけは安心できた。けど……
「……ごめんなさいね、ずっと黙ってて。『いつも通り』がなくなるのが怖くて、アンタ達にも心配かけたくなくて……」
お母さんはこうなる少し前から異変に自覚があったみたいだけど、この時はお母さんの隠し事の上手さが悪い方に働いて、余計に悪くなっちゃったみたいで。
元々肺が弱くて咳き込むことが多かったお母さんだけど、この時は他にも難しい病気が併発して……助からなくはないけど、治療のためには保険適用外の先進医療を受ける必要があるって話で。




