第百五十四話 天使(4/?)
「えー、新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます。我が真輻寺学園では……」
小学校を卒業してあたしが進学したのは、地元の中高一貫校。私立らしく学費は結構高かったけど、当時のウチの家なら問題はなかったし、野球部も地元じゃ強い方。自転車でも十分に通える距離。
「逢!いきなり同じクラスなんて幸先が良いな!」
「うん!」
それと、お父さんが社長さんな例の彼氏と一緒の学校に、っていうのもあった。
「す、月出里さん……」
「あ、三好くん!」
「中学でもよろしくね……」
「うん!」
小5くらいまでは運動も勉強も苦手だった三好くん。正直家もそんなに裕福なわけじゃなかったけど、なぜか急に勉強できるようになって、学費免除の特待生で入学。ある意味、『三好くんにだって可能性がある』っていうあたしの自分勝手な希望的観測が的中した形。
「えー、それじゃ新入生、順番に希望ポジションなども交えて自己紹介をするように!」
「金子憲子です!希望ポジションはレフトです!長打をガンガン打って点を稼ぎまくりたいです!よろしくお願いします!」
「月出里逢です!希望ポジションはショートです!打つ方でも守る方でもチームの中心になれるよう頑張ります!よろしくお願いします!」
「おおっ!あのちょうちょリボンの女子めっちゃ可愛い!」
「マネージャーじゃねーのか……」
「のりちゃんも野球部志望だったんだね」
「うん、将来はプロで4番打者!3年間よろしくね」
1年の時に同じクラスで隣の席になったのりちゃん。正直顔も身体もゴツかったけど、後々レギュラーになれるくらい上手かったし、佳子ちゃんみたいに周りに気を配れる良い子。中学からの付き合いだけど、プロのスラッガーを目指してた者同士で気が合った。
「ふぅ……」
「お疲れ!逢ちゃん、帰りどっち?」
「あ、えっと……」
「逢!」
「あ……そういうこと?」
「うん……ごめんね」
「ウフフ、気にしないで!また明日ね!」
例の彼氏は部活が別。それでもなるべく帰りは一緒に……まぁでもその前に。
「野球部どんな感じだった?」
「まだ新入生だから練習抑えめな感じかな?割と新しい学校だから設備とかは綺麗だね。バスケ部もそんな感じ?」
「だな。思った以上に体育館広いし、バレー部と場所一緒だけど多分揉め合いとかにはならねーかな」
「……ねぇ、蛇連くん」
「ん?」
「あたし、汗臭くない?」
「いや、全然。いつも通りいい匂い」
「ほんと?」
「ほんとだって。ほら」
「ん……」
校内の、なるべく人気のないところで逢瀬。もう付き合って2年くらいで、キスしたり抱きしめ合うくらいは普通にするようになった。
……妬いちゃった?
『……うん』
素直でよろしい。ケケケケケ……
まぁ心配しなくて良いよ。本当に初めては優輝だから。
「おい、三好ィ?」
「は、はい……」
「お前、学費免除の特待生なんだってなぁ?」
「小遣いにも余裕あるんじゃねーの?」
「いや、そんな……」
「あんまり貯め込んでねーで、今の不景気な日本の経済回そうや?な?」
学校生活がしばらく進むと、色んな力関係も生まれる。目立たないところで巻き起こるのは甘い関係ばかりじゃない。
「おい、お前ら」
「げっ、蛇連……」
「弱えー奴相手にイキってんじゃねーよ」
「チッ……」
「大丈夫か?怪我ねーか?」
「う、うん……ありがとう、蛇連くん……」
「気にすんなよ、お互い様じゃねーか」
もちろん、あたしだって見た目だけで身体を許したわけじゃない。まだこういう荒っぽいことに関わりたくないあたしに代わって、アレは積極的に三好くんみたいな子を助けてた。
見た目は純に引けを取らなくて、バスケ部でも1年の間にレギュラー。おまけに実家も太い。
「えー……1年3組の鬼灯くんは先日、駅の線路内に落ちた障がい者の男性の救助に加わり、警察署より感謝状を賜りました。この全校朝会の場でも改めて表彰を行います」
「え、マジか……」
「蛇連そんなことまで……」
「皆さんも真輻寺学園の一員として、鬼灯くんのように社会に貢献できる立派な人間に育ってくれればと思います」
そして絵に描いたようなヒーロー気質。
「あ、あの……蛇連くん……私……」
「わりーな。俺、他に付き合ってる奴がいてな」
「……もしかして月出里?」
「ん、まぁ……」
「そう、やっぱり……」
「…………」
そういう奴だと、あたしと変わらないくらい言い寄られることも多くて。
「はぁ、鬼灯くん素敵だわぁ……」
「でも月出里と付き合ってるんでしょ?」
「げ、マジで……?」
「月出里んちってドマイナーな格闘家だっけ?」
「でも割と稼いでるみたいだよ。この前家の前通ったけど結構デカかった」
「まぁそうでもなきゃウチに通ってないか」
「人生イージーモードでよーござんす、って話よね」
「そんな成金の娘なんかよりアタシの方が……」
「おとなしそうにして野球一筋気取ってるくせにやることはきっちりやってるんだよねぇ。ウッザ」
「…………」
そういう奴の彼女やってると、女同士の世界じゃ肩身の狭いところがあったけど、元々そういう界隈との付き合いはしない方だったし、あの頃はまだ実害はなかった。




