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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百五十四話 天使(2/?)

「おはよー」

「おはよ、さっちゃん……あ」

「うわ、今朝もすごいね……」


 小学校に登校して下駄箱を開けるたびに1通か2通、ヒラリと落ちるラブレター。下駄箱の中も含めるともっと多い。


「どうすんのそれ……?」

「ま、まぁ一応読むよ……」

「律儀だねぇ……どうせ全部断るんでしょ?」

「うん、まぁ……練習とか忙しいし」

「もったいないなぁ……(あい)ちゃんそんなに野球の方が良いの?」

「うん。プロになるって決めてるから」


 野球に夢中だったってのもあるけど、その頃から男の好みだけはシビアだったからね。相手の気持ちを考えて、供養みたいな感覚で読むだけ読んでたけど、その後の処分が面倒だった。さすがに書いた人達の目には留まらないようにしたかったから。


「3番ショート、月出里(すだち)さん。背番号3」


「逆転あるぞ!デカいの打ってけ!」

(あい)!もう1本頼むぞ!」


「レフト!」

「……アウト!」


「「「「「あああああ……」」」」」


 告白を断る口実を作るためにも、あの頃から野球に打ち込んでたけど、当時のあたしはせいぜい"地元じゃそこそこ名の通った奴"程度のレベル。特別強くないチームで主力を張ってたけど、特別勝負強いわけでもなく、ここ一番で打てたり打てなかったり。もちろん、全国大会とか帝国代表とかそういうのには全く縁がなくて、すみちゃんとか神楽(かぐら)ちゃん辺りと比べたらほんとに"野球エリート"とは程遠い存在だった。


「!!?センター……」


「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」

「すげぇぞ月出里!」

「ホームランラインどころか普通にスタンドまで持っていきやがった……」


 それでも、たとえ同じ無名の投手相手でもたまに打てるホームランが嬉しくてしょうがなかった。というか今にして思えば、あたしはそれだけで満足できてしまってた。

 あたしは元々根がめんどくさがりで、家も当時はそれなりにお金があって、正直モテまくってたことに当時から優越感みたいなものはあったし、平和主義を貫いていてもやっぱりぶん殴りたくなるほどムカつく奴もたまにいた。そんなあたしにとって、時々のホームランはあたしを満たしてくれたし、逆に吐き出したいものを吐き出すのにもちょうど良かった。

 そんなあたしだから、『ホームランを打つのが好き』とは断言できても、プロになった今でも『野球自体が好き』とは自信を持って言えない。だからあの時も……


「なぁ月出里」

「何です監督?」

「やっぱりお前、ピッチャーやってみないか?肩は間違いなくウチで一番強いし、ショートやサードでも助っちゃいるけど、やっぱり上を目指すとなるとピッチャーがいないとな……お前も将来プロを目指してるんだろ?最終的に専門にしなくても、今のうちにできることを増やしておけば強豪校のスカウトとかも……」

「何度も言いますけど、あたし、ピッチャーには興味がありません」

「そ、そうか……」


 実際それは本当。最初から野手志望だったから、『投手が主役』っていう価値観が強い日本の野球に対して一種の反感みたいなものが昔からあって、その意地でマウンドに上がりたくなかったってのもある。でも、正直に言えば『めんどくさい』って気持ちもあった。ピッチャーをやること自体も、それによって勝てるようになることでもっと上の舞台を目指さなきゃならなくなることも。当時の監督の言う通り、本当にプロになりたいのならそうやって『可能性』を広げるべきなのにね。

 自分への煽りも兼ねて"プロになりたい"って思いを周りに示しまくってはいたけど、そこまでしても現状で満足してしまう。努力しても、『こんなに可愛いのに野球を頑張ってるあたし偉い』って気持ちを膨らます程度で留まってしまう。人並外れた『力』は持ってたけど、そこから生まれる『可能性』で安心しちゃって、ちゃんとした形での『野球の実力』が身に付かなかくて。

 高校の国語の授業で、何ちゃらの羞恥心とかで虎になった人の小説があったけど、あたしは自分の『可能性』は全く疑ってなかった。『可能性』が満足できるものだからこそ、『可能性』を『確かな現実』にするまでの過程がただただ億劫だっただけ。

 後々起こる中学の頃のことは嫌なことではあったけど、多分ああいうことがなければ、あたしはきっと年に億を稼げるような人間には絶対になれなかった。


 そんな感じで満たされてたし、お母さんがあんな感じだから将来も男には困らないだろうって高をくくってたとこもあったし、『見た目が(じゅん)と互角かそれ以上』というハードルを越えられる男なんて今は別に巡り会えなくても良いって気持ちだった。なのに小5の時に、そいつに出遭(であ)ってしまった。その『嫌なこと』の元凶の1人に。


「えー今日から新学期ですが、このクラスに転校生が加わります。鬼灯(ほおずき)くん、入って」

「はい」


「「「「「きゃあああああ!!!」」」」」


 教室の扉をくぐって、先生の隣に立った途端、教室中に黄色い歓声。


鬼灯蛇連(ほおずきだつら)です。小学校生活はあと2年もありませんが、その中でもみんなと良い思い出を作れたらと思ってます。よろしくお願いします」


 この見た目にハキハキとした態度。ほんと顔だけは良かった。顔だけは。


「ねぇねぇ蛇連(だつら)くん、このペンダントどこで買ったの?」

「すごい高そう!」

「んー……ブランドは忘れちゃったけど、確か10万くらいだったかな?」

「すごーい!」

「蛇連くんのお父さんって社長なんだよね!?」

「社長っていうか……個人でデザイナーやってるだけだよ」

「かっこいいー!」


「ウザ……」

「まぁ今だけだろ、あんなの」


 見た目の良い転校生の元に集まる異性に、それを冷ややかな目で見る同性。漫画とかでもよくある構図。

 ぶっちゃけあたしも混ざりたかったけど、あたしはそれまでラブレターを供養するだけの野球バカなキャラで通してきた手前、遠目でチラリと見る程度。


「……!」


 それでも目が合った。合ってしまった。


「月出里さんって野球やってるんだよね。ポジションは?」

「うぇっ!?え、えっと……ショートだけど……」

「すっげ!マジ花形じゃん!運動神経良いんだね!」

「えへへ……」


 そんな何でもないきっかけから、あたしに初めての彼氏ができた。できてしまった。


「おはよ、蛇連くん!」

「おはよ、(あい)


「え!?あれ月出里……!!?」

「もしかしてあの転校生と……」

「マジかよ……」

「クッソォ、世の中所詮顔かよ……」

「まぁ月出里に惚れてる俺らが言ってもなぁ……」


 最初は傍目から見たら、ただの仲の良い男友達程度の付き合い。手も繋がず、ちょっと近めの距離で並んで歩くだけ。流石に完全に顔だけで相手を信じるわけにもいかないし、あたしも最初からスケベだったわけじゃない。あの頃のあたしとしてはあのくらいの距離感がちょうど良かった。

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