第百五十四話 天使(1/?)
******視点:月出里逢******
あたしが生まれてから中学くらいの頃までのお父さんはほんとに強かった。あたしから見たらお母さんでも化け物じみてるのに、そのお母さんでも全く敵わないくらいだったんだから。
「ウィナァァァ!!マサル・スダチー!!!」
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
そんなお父さんだから、プロの格闘技がプロ野球ほど人気がなくても、全国のお茶の間に滅多に姿を現さなくても、それなりに稼げてたんだよね。少なくとも前のあたし達の家みたいなとこに住まなくても良いくらいだったし、何なら平均よりも裕福寄りだったと思う。
もちろんあたしはそんな強いお父さんを尊敬してたけど……
「びえええええええん!!!」
「ご、ごめん!ごめんね純くん!!」
誰かに『力』をぶつける格闘技にはどうしても興味が持てなかった。
両親に似たのか、生まれつき強すぎる『力』。純と結もそういうのはあったけど、あたしは飛び抜けてた。小さい頃は加減を間違えて、一緒に遊ぶ純をよく泣かせてた。それどころか、普通に怪我をさせたこともあった。
「ぐすっ……」
「大丈夫?痛かったよね?ごめんね。お姉ちゃんのこと嫌いになっちゃった?」
「……ううん。おねーちゃん好き」
「純くん!」
「うぇっ!?お、おねーちゃん、苦しい……」
でも純はそんなあたしを許し続けてくれた。そのせいであたしの好みの男の基準が純になっちゃったわけなんだけど、それくらい大事な存在だからこそ、純を泣かせる『力』というものが疎ましくてしょうがなかった。
だけどあたしも子供だったから、きっとその『力』を発散できる何かをずっと求めてたんだと思う。
「4番サード、若王子。背番号60」
「かっとばせー、ひ・め・こ!」
「!!!レフト下がって……入りましたホームラン!!」
そんなあたしだったから、『力』があんな綺麗な放物線に化ける野球の方に惹かれたのはきっと必然だった。
「えー、今日からウチのチームに入る月出里だ。自己紹介できるか?」
「えっと、月出里逢です!希望ポジションはサードで、ホームランいっぱい打ちたいです!よろしくお願いします!」
「うわっ、めっちゃ可愛い!」
「2組の月出里じゃん!」
「タッチプレーとかしても良いよな……?」
その勢いで、小学校に上がってすぐ、地元の少年野球チームに入った。
その頃のあたしは"将来プロになって若王子さんみたいになるために一生懸命な自分"でありたくて、自分がクッソ可愛いことをあえてなるべく意識しないようにしてた。少なくとも今みたいに嫌味なほどひけらかすようなことは絶対にしなかった。何なら他人の容姿も、恋愛とか抜きだとできるだけ気に留めないようにしてた。
「おい河合!お前、何でいつの間に俺のレフト奪ってんだよ!?返せよ!」
「い、いや……それは監督が決めたことだし……坂田くん最近練習サボりまくってたじゃん……」
「あ!?生意気言ってんじゃねぇよ!ぶん殴るぞお前!」
「ひぃっ!?」
小学生だと身体の大きさがものを言うところがある。こういう子は珍しくもない。
「坂田くん!ケンカはダメだよ!」
「うるせぇ月出里!女子がしゃしゃりやがって!じゃあお前が代わりにショート譲るのかよ!?」
「そ、それは……」
ぶっちゃけあたしは図体だけでかい子供なんて怖くもなかったけど、同じように『力』に頼って勝手を通すようなことはしたくなかった。
「チッ……じゃあ月出里、スカートめくらせろ」
「え……?」
「それで河合の分もチャラにしてやるよ」
「……わかった」
「よーっしゃ!おりゃあ!」
「きゃあっ!?」
「す、月出里さん……」
いじめられっ子もちゃっかり覗いてたけど、そんなのはその頃はあんまり気にしてなかった。とにかく乱暴なことは絶対に嫌だった。こんなので解決できるなら安いものだと思ってた。
 




