第百五十三話 仁王牡丹(3/3)
「お願いします!」
「よし来い!」
「……!一本!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
答えが出たのは中学の頃。初めて師範に勝った時。
「私の合気を技ではなく、俊速と剛力にて突破するとはな」
「病院通いばかりだとできることが基礎体力付けるのくらいですからね。技で技を破るのは諦めました」
「そんなお前はこれから先、何を求める?"最強"か?」
「"あたしより強い男"です」
「……!」
あたしも格闘技が好きでクッソ強かったから、"世界で一番強い奴"ってのには憧れたわ。でもあたしは『そう成れる』かもしれないけど、『そう在り続ける』のは無理だと悟ってた。
だからあたしは、あたしの強さを『試金石』にすると決めた。格闘技に限らず、生物にとって『強さ』とは突き詰めれば『自分の命を繋ぎ、自分を守るためのもの』。いるかもわからないけど、"あたしより強い男"を見つけ出して、その男を"最強"にすべく支えることで守ってもらう。それがあたしなりの生物としての在り方。あたしは逢と違って、ガッシリとした男もいける方だしねぇ。
「ぐあっ……!」
「つ、強ぇ……」
でももちろん、そんな男なんてなかなか現れなかったわ。高校を出て、お父さんとお母さんの反対を振り切ってプロに転向した後も。
それに、体調を崩すペースも年々遅くなっていってたし、やっぱりあたし自身が"最強"を目指した方が良いんじゃないかって、そんなふうに思うようにもなってたのよねぇ。
「頼もう!」
「あら、貴方は……?」
「月出里勝。噂は聞いてるぞ、仁王牡丹。合気道出身者でありながら、130kgを超える握力を始めとする圧倒的なパワーとスピードでねじ伏せる、ってな」
「……!」
勝との出会いは20になる直前くらい。あたしも噂くらいは聞いてたわ。プロ転向直後は不自然なほど負けまくってたけど、その後は非公式戦も含めて完全無敗って話。それと噂通り、なかなかあたし好みの良い男。
「さぁ来い!」
「あら、かかってこないの?あたし相手に受け身になっても大丈夫なのかしら?」
「覚悟の上だ」
勝は試合だと自分から仕掛けることは絶対にない。あたしと初めて勝負した時もそうだった。
「ぐっ……!」
「あら、もう終わりかしら?」
格闘『技』が好きとは言っても、あたしは不器用な方でね。プロとして、合気道経験者として最低限の『技』ももちろん備えてたけど、やっぱり一番得意なのはシンプルに殴る蹴る。そんなあたしにとって勝のファイトスタイルはカモそのものだったけど……
「お前こそ、それで終わりか?」
「え……?」
「……なら!」
「……!」
ただガードし続けることで、あたしの攻撃を凌ぎ切った。それだけでも大したものだったけど、勝の本気はそこからだった。
「!?」
師範の合気すら強引に突破したあたしの超スピードのパンチを今度はあっさり『技』で捌き……
「ッ……!」
「女を無意味に痛めつけるのは趣味じゃない。続けるか?」
「……まいったわ」
最後はあたしの土俵の『力』でねじふせられた。あの時点でも勝は、あらゆる面であたしを上回る"怪物"だった。
「何でかしらねぇ?」
「?」
「それだけ強いのなら、最初から仕掛けて終わりにできたんじゃないの?」
「俺が目指すのは"最強"だ。今この瞬間も、そして過去も未来も含めて」
「……だから?」
「相手から学べるものは何でも学ぶ。俺は元々柔道が専門だったから、お前のパンチとキックの打ち方は参考になった。おかげでまた俺は"最強"に近づけた」
「ほんとかしら……?」
「ああ」
「!!?」
さっき勝に対して仕掛けた、完全な自然体からの超スピードのパンチ。師範に投げ飛ばされっぱなしの中で何年もかけてようやく身に付けたあたしの必殺技。それをあたしのお腹の前で寸止めして完全に再現してみせた。
「覚えたの?この勝負の中で……?」
「俺は人の話を聞いて技を覚えるのは全然できん。だが身体でなら一発で覚えられる」
「……だから負けまくってたの?」
「知ってたか。まぁそういうことだ。プロはやっぱりアマチュアとはレベルが違うからな。だからちょっとだけ遠回りした」
「…………」
そこでようやく見つけたわ。あたしの理想通り……いえ、理想以上の男。あたしどころかこの世の誰もが敵わないであろう、本物の"強い男"。勝もまだまだ駆け出しだったけど、そう確信できた。
「……勝って言ったわよね?」
「ああ」
「この後予定あるかしら?」
「え……?」
その夜、あたしは初めて"女"になった。そして次の日に、プロの格闘家も引退した。えらくゴツい苗字が、えらく読みにくい苗字になった。
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******視点:卯花優輝******
「それから1年ほどして、逢が生まれたわ」
「……早いですね」
「もし"あたしより強い男"が見つからなかったら一生"女の子"でいる覚悟だったけど、ぶっちゃけあたしもそういうことに興味津々だったからねぇ。逢も多分そんな感じだったでしょ?」
「ええ、まぁ……」
やっぱりこの人は逢のお母さんだ。見た目だけじゃなく、あらゆる面で。
「でも幸い、逢も純も結も丈夫に生まれてくれた。勝に守ってもらうのはあたしだけで済んだ。そこまでは良かったんだけどねぇ……」
「?」
「何話してるの?」
「うぇっ!?」
びっくりした。真後ろにお風呂上がりの逢と結ちゃん。
「ウフフ……良い男と良い女が一緒にいるんだったらそりゃあ、ねぇ?」
「……まさか人の男に粉かけてたんじゃねぇだろうなぁ、オバサン……?」
「お、お姉ちゃん落ち着いて!」
「そうだよ!そういうのじゃないよ!」
「もう、ほんと短気ねぇ。そんなので同窓会、無事に乗り切れるのかしらねぇ?」
「……!」
「あんた、あたし達の50倍くらい稼ぐような立場になったんでしょ?可愛いお婿さんを守るためにも、もうちょっと冷静でいられるようにしなきゃ、足元すくわれるわよ?」
「……気を付ける」
「それでよろしい」
……こういうとこも逢のお母さんだよね。ちょっと変な人だけど。
「ほんとはあたしと勝の馴れ初め話」
「何でそんなこと……」
「あんた、ダンマリのまま優輝くんをここに連れてきたのよね?何で中学の同窓会1つでそんなご機嫌ナナメになってるのかすらも言わずに」
「……!」
「不機嫌撒き散らす前に、その理由くらいは教えてあげなさいな。夫婦になるのを約束した相手なんでしょ?」
「……わかった」
「結、こっちいらっしゃい。お父さんと純も誘って桃■でもしてましょ」
「う……うん」
ダイニングにはおれと逢だけ。夜の静けさがしばらくそのまま流れる。
「……お母さんに教えてもらったの、馴れ初め話だけ?」
「うん……逢が生まれた辺りまで……」
「そう……」
また沈黙。けど、話したくないっていうより、次の言葉をしっかり考えてる感じ。流石におれもそういうのはわかるようになってきた。
 




