第十七話 我儘の資格(1/4)
9回裏 紅5-5白 2アウト満塁
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右](残り投球回:1/3)
[控え]
夏樹神楽[左左]](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 ■■■■[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 カリウス[右右]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
桜井鞠[右右]
相模畔[右左]
牛山克幸[右右]
花城綾香[左左]
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******視点:振旗八縞******
「このまま行けー!白組ー!!」
「守備だけやなく打つ方も頼むでー!」
「後でサインと写真も頼むで月出里ちゃん!」
「きばれやカリウス!」
「一軍の格ってもんを見せたれや!」
「他の球団の一軍はともかく自分の球団の二軍に負けんじゃねーぞ!」
白組の思いがけない健闘もあるけど、やっぱり有名選手中心の紅組を支持する声も根強く、声援は印象として五分五分ってとこね。
さて……ウチの主力投手は全体的に球威より制球で勝負するタイプが多いけど、カリウスはどちらかと言うと逆のタイプ。ヒットを狙うのは難しいけど、出塁自体はできないことはない。現状の月出里でも勝ち筋は十分あるわね。
……え?
「ファール!」
(……んん?)
「オッケーオッケー!タイミング合ってるよー!」
(月出里が初球スイング……?確かにそこまで厳しくないストライクやったけど、珍しいな……)
あんのバカ、まさか……!
(……多少振り遅れはしたが、全く力負けしてる感じじゃNEE)
「ボール!」
(初球から振ってるところを見ても確実に打ち気があるはずなのに、今のを悠々と見逃す……どういう意図で打順を決めたのは知らねぇが、オレにとっちゃあの巨乳よりこの小娘の方が厄介DANA……)
「ボール!」
「オッケー!ナイセンナイセン!!」
「じっくり見ていこー!」
一応、ボール球はいつも通り見てるわね。迷ってもいるからだろうけど……
「ストライーク!」
(よし!ツーシームが膝下の良いとこに決まったZE!これなら……!)
「!!?」
「うぉっ、これは……」
「ファール!」
「すげぇ!今の外いっぱいのカットボールに合わせられるのか!?」
合わせられる。そう。合わせられはするのよあの子は。だけど……
「……チッ」
「タイム!」
いつも通りポッキリ折れるバット。交換してる間に頭を冷やしてくれれば良いんだけど……普段の試合なら私だって注意はするけど、この試合は旋頭が言ってた通り、勝敗の責任を持つのは全てこの子達だからね。
「振旗さん、ちょっと良いっすか?」
「どうしたの?」
「あの子、前までの打席と比べて微妙にフォーム変わってないっすか?ぎこちないのは相変わらずっすけど……」
流石は樹神ね。このくらいは見抜いちゃうか。
「……ノーコメントで」
「ちぇーっ、部外者は辛いっすね……」
有川も触れてたけど、現状の月出里は性質上、打席を重ねるほど打撃の精度が増す。まぁこれはあくまで副産的なものでしかないんだけどね。
「ほんと不思議な子っすよねぇ。まだプロに入って2週間程度でプロの球筋に完璧に合わせられてる。前に全然飛ばない、飛んでもほぼ凡打みたいっすけど……」
そこは私もちょっと気になってるのよね。あの子の才能から言えば不可能なことではないけど、スイングの質以上に、あの順応性の高さは意識してないとなかなか磨けるものじゃない。あの子の本能的な部分が働いたのか、あるいは菫子や私よりも先にあの子の才能に気づいた誰かが仕込んだのか……
「プレイ!」
(今のカッターで無理なら……)
(ワンモアツーシームDAZE!)
「ファール!」
(これでダメなら……)
(シンカーで奇襲!)
「……ボール!」
(ホワッツ!!?)
(み、見送られただと……!?)
一般的にフルカウントは打者有利とされてるけど、この場面だと尚更ね。
「よし!これなら……!」
「逢ちゃんの目なら相手バッテリーは次に絶対にストライクを投げないと勝てない……!」
「うん。そしてその事実自体もプレッシャーになる」
ボール判定1つで勝てる状況。向こうもいわゆる『あと1球』な状況だけど、精神的に追い詰めてるのはベンチの雰囲気でも明らか。
(大丈夫だカリウス!確かに目は良いが前に飛んでも怖くないんだ!とにかくストライクに入れれば勝てる!)
(わ、わかってるZE……)
「……あ!」
(ッ……!ッデム……!!)
いよいよ投じられた運命の1球。元プロの私ほどでなくとも、ある程度野球を観てる人間なら投じられた瞬間に多分同じことを考えたはず。
(これは……)
(インハイ、あからさまな抜け球……!)
(踏み込むと危険だけど、インコースが続いた後なら……!)
たとえプロでなくとも、投手のリリースからキャッチャーミットに到達するまでの時間なんてほんの僅か。だけどその刹那に、ほんの一瞬先の結末を確信できた。
(勝った……!)
(負けた……)
まるで走馬灯のような感覚で、白組側の歓喜と紅組側の落胆を瞬時に認識できた。
ま、あの子もよく頑張ったわね……
……え?
「…………」
球場全体が静まり返った。その状況を公平に、速やかに判定しなければならない審判達も、きっと個人としては考えてた結末は同じだったはず。
「……ふぁ、ファール!」
審判が次に口にする言葉は『ボール』『フォアボール』『ゲームセット』のはずだった。なのに、そうはならなかった。
「は……?」
「な、何で……!?」
月出里は振った。身体をのけぞらせてその分ミートポイントをずらした大根切りのようなスイングで、勝利を与える投球を遮った。
「おいおいおいおい……」
「何でこんな時に限ってクソボール振ったんだよ……」
状況で比率が変動することはあったけど、それでもギャラリーには白組を応援する者も紅組を応援する者も常に一定数以上いた。だけど、今は一様に月出里の選択に困惑してる。
(……やっちゃった、か)
「た、多分身体の近くに来たから思わず手が出ちゃったんじゃないかな!?」
「そ……そうだよ!逢ちゃんだって必死なんだからちょっとくらいミスするよ!」
天野と徳田がもっともらしい理由を見つけてきて、他のメンバーに見せびらかす。少なくとも負けが決まったわけじゃないからね。冷めた空気をどうにか温め直そうとしてるんでしょうね。
だけど、あの無駄に高度なカットは故意でやったのが見え透いてる。懸念はあったけど、やっぱりやっちゃったわね、あのバカ。