第三話 だからあたしは、今はまだ『未知』であり続ける(2/6)
ウォーミングアップとキャッチボール、それから野手全体で素振り。メニュー自体は今までと大して変わりないけど、やっぱり選手の質が今までと段違い。あたしがキャッチボールで組んだのは佳子ちゃん。
「逢ちゃん、何ていうか上手いねぇ……捕り方もそうだけど、軽く投げてるように見えるのに球がすっごいビュンってくる……」
「佳子ちゃんも肩強いねぇ……」
高校に入りたての時も周りのレベルが急に上がりはしたけど、それでもあたしの肩と対等にキャッチボールが成立する人は少なかった。でも佳子ちゃんは距離的な面であればまだあたしよりも余裕がありそうだし、周りを見渡しても投げる球の質や双方の距離とかも高校の時よりさらにレベルの高さを実感できる。
「よし、そろそろ素振りに入るぞ!野手陣はそれぞれ担当の打撃コーチの近くに集合!」
あたしと佳子ちゃんの担当の打撃コーチは振旗八縞さん。髪型は癖のあるショートヘアーで、流石に年齢はある程度取ってる感じはするけど、顔は三条オーナーにそっくり。名前と、現役の頃にすごい人だったってのはなんとなく知ってるけど、あたしが生まれる前に現役だった人だから詳しくはない。
振旗さんが担当してるのはスラッガータイプの人。近くにいる人達は実際、二軍の人達の中でも身体が大きめ。佳子ちゃんでも小さく見えるくらい。契約の時に三条オーナーからスラッガーとしての待遇を約束するって言われてたから、きっと担当決めでも色々気を遣ってくれたんだと思う。
「全員集まったわね。そんじゃ、早速始めてちょうだい」
腕組みする振旗コーチの前で素振りを開始。
(!?何だこの音……!?)
周りの人が手を止めないまでも、ギョッとした顔であたしを見てくる。これに関しては小さい時からずっと同じ。素振りの音だけはずっと一人前扱いされた。それで期待されて、試合では思ったほどではなかったり全く期待はずれでガッカリされるのもいつものことだけど。
「フン……」
自惚れるわけじゃないけど、周りの人のスイングは正直そこまですごいとは思えなかった。でも1人だけ、どっしりとした構えであたしに負けないくらい強いスイングをしてる人が目についた。背がかなり高くて、少し顔や腰回りに余分な肉もあるみたいだけど、それでも筋肉量は他の周りの人と比べて明らかに多いのがわかる。ちょうど背中が見えたけど、『ザイゼン』って人らしい。
「月出里……って言ったわね。ちょっと手を止めてくれる?」
「あ、はい!」
周りが黙々と素振りを続ける中、あたしだけ振旗コーチに呼び止められた。
「あんたはしばらく素振りしなくて良いわ」
「え……?」
何で……?
「スイングスピードだけは大したもんだわ。だけどあんたは根本的にフォームがダメダメ。そんなんじゃ当たっても凡打にしかならない。まとまった素振りはフォームを変えてからよ。全体練習中も自主練中もしばらく素振りは禁止」
フォームについては確かに今まで何度も、特に高校に入ってからはよく言われるようになった。正直、あたし自身も自覚がある。でも、少なくとも中学の頃までは特に問題なく打ててたし、それに……
「で、でもあたし、毎日素振りしないと落ち着きません……」
中学の時に一時的に野球を辞めて、高校で結果を出せなかったあたしだからこそ、練習を手放してしまうと取り返しがつかなくなるとずっと思ってた。数少ない自慢の素振りの音を聞くことで、自信を保ちたいってのもあった。
「練習は『言い訳を繕う』為にあるんじゃないわよ。『結果を出す』為にあるの」
「うっ……」
「菫子……オーナーから打てたのは大したもんだけど、それ以外は散々だったんでしょ?守備だけでレギュラーになって、ずっと下位打線だったんでしょ?スラッガーになりたいなりたい言ってるのに、プロでも同じ失敗を繰り返すつもりなの?」
言い返せない。
「今まで『努力に逃げてきた』ことが全く無駄だとは思わないけど、そろそろ『努力する』方法を知りたくないかしら?」
「それは……もちろん知りたいですけど……」
「……そうね。ならその『努力する』方法の結果を先に教えてあげるわ。みんな、一旦休憩。スタッフさん、マシーン用意してくれる?」
「はい!」
振旗コーチは軽い素振りを終えて、左打席に立った。