婚約者の王太子殿下がヤンデレ拗らせすぎて困ってますッ!
「見ておくれよダリア! 君を監禁するために、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの体内に監禁室を造ったよ!」
「サマル様、何度言ったらわかるんですか!? 王宮の敷地内で伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンを召喚するのはお控えください! あと事あるごとに私のことを監禁しようとするのはやめてくださいって、いつも言ってますよね!?」
「おや、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンは好みじゃなかったかい? じゃあ、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンのほうがよかったかな?」
「何ですかその伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンって!? それただのサラ毛のオッサンじゃないですか!」
「どうも、私が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンです」
「サマル様ッ!! 私まだ召喚していいなんて言ってないですよッ!? 本当にただのサラ毛のオッサンが出てきたじゃないですかッ!」
どうしてこうなってしまったのかしら……。
話は二ヶ月ほど前に遡る。
「ハァ……」
その日私は夜会の会場への薄暗い並木道を、トボトボと一人歩いていた。
今夜は王家主催の、かつてないほど大規模な夜会。
国中から独身の貴族令嬢が集められ、王太子殿下であらせられるサマル様と顔合わせすることになっている。
要はサマル様の婚約者探しだ。
だが、男女問わず誰しも魅了するほどの絶大なる美貌を持つうえ、魔力も我が国でトップクラスというウルトラハイスペック王太子であるサマル様と、弱小貴族令嬢である私とでは、月とスッポンどころか太陽とミジンコ並みに格が違う。
私が婚約者に選ばれるのは、猿がタイプライターを適当に叩いたら、名作文学が書き上がったなんて確率より低いだろう。
負け戦とはまさにこのこと。
しかも何故か夜会に参加する令嬢は、お供も付けず徒歩で会場まで来るように厳命されているため、わざわざ恥をかくためだけに、こうして重い足取りで会場に向かっているのである。
そりゃ溜め息の一つも吐きたくなるってものよ。
きっとサマル様の婚約者には、私の親友であるカノーラが選ばれるに違いない。
カノーラは由緒正しい伯爵家の令嬢だし、目を見張るほどの美人で教養もある。
私と違ってサマル様と並んでも遜色ないわ……。
「あぁ~、困った。こりゃ困ったなぁ」
「ん?」
その時だった。
みすぼらしい格好をした初老の男性が、四つん這いになって必死に何かを探していた。
「あ、あのー、どうかされましたか?」
「ひゃっ!? こ、これは名のあるお貴族様とお見受けいたしやす! どうか下賤なあっしのことは、放っておいておくんなせぇ!」
オジサンはペコペコと私に頭を下げる。
「いや、私はそんな大層なものじゃありませんから。それに困ってそうな方を放っておくなんてできません。私にできることであればお手伝いいたしますので、何があったか仰ってみてください」
「お、おぉ……、ありがたやありがたや……! ――実は妻の形見のネックレスをこの辺で失くしてしまいやして、ずっと探してるんでやすが、一向に見つからないんでやす」
「まあ! それは一大事じゃないですか! ――わかりました、私も一緒にお探ししますね」
「えぇっ!? そ、それは申し訳ないでやすよ! 大事な用事でもあったんじゃありやせんか?」
「ふふ、いいんです、別に」
どうせ負け戦ですし。
「さあ、完全に日が沈む前に見付けましょう!」
「へ、へい!」
こうして私とオジサンは、二人で手分けしてネックレスを探すことになった。
途中夜会に向かっていると思われる令嬢が、何人も怪訝な顔でこちらを見てきたが、彼女たちはすぐに目を背け、そそくさと走り去っていった。
――そうして辺りが完全な闇に包まれようとした、まさにその時。
「――あ!」
街路樹に引っ掛かっている、キラリと輝くネックレスを遂に見付けた。
「あの、ネックレスってひょっとしてこれですか?」
「おおおぉ! まさにこれでやす! 本当にありがとうございやす! ありがとうございやす……!」
ネックレスを手にしたオジサンは、その場で泣き出してしまった。
「ふふ、私は当然のことをしたまでですから。では私はこれで失礼いたしますね」
「はい、この御恩は一生忘れやせん……!」
感極まった様子のオジサンに別れを告げ、私は会場へと歩き出した。
最早完全に遅刻だけど、どうせ負け戦だし、どっちでも一緒よね。
「あら?」
が、いざ会場に着いてみると、意外や意外、まだ夜会は始まっていないようだった。
はて? 何かトラブルでもあったのかしら?
「ダリア! あなた今まで何してたのよ!」
「あ、カノーラ、ちょっといろいろあって……。でも、夜会もまだ始まってないのよね?」
「そうなのよ。何でもサマル様の到着が遅れてるみたいで……。――ん? 誰かしらあれ?」
「え?」
カノーラの目線を追うと、そこには先ほどのオジサンがポツンと一人立っていた。
オ、オジサン!? そんなところで何を!?
あまりにも場違いなオジサンの登場に、会場中がざわついている。
が、オジサンはどこ吹く風で、右手の指をパチンと鳴らした。
――すると。
「「「――!!!」」」
オジサンが煙に包まれ、その煙が晴れると、そこにはサマル様が優雅に佇んでらしたのである。
えーーー!?!?!?
「随分お待たせして大変申し訳なかった。とても大事な用事があったものでね」
だ、大事な用事???
「だが、それも無事終わった。――そこの君」
「へっ??? わ、私ですか???」
サマル様の瞳が、真っ直ぐに私を見据える。
エメラルドを彷彿とする輝かしい瞳で見つめられていると、思わず吸い込まれそうになる。
サマル様は私の前まで歩いてこられると、その場で恭しく片膝をつき、右手を差し出された。
「どうか僕の、生涯の妻になってはくれないだろうか」
「…………え?」
えーーー!?!?!?
「是非君にこれを受け取ってほしい」
「――! これは……!」
サマル様から、先ほど私が見付けたネックレスを首に掛けられた。
「実はこのネックレスは代々王家に受け継がれている国宝でね。王太子妃になる女性が身に着ける慣わしになっているんだよ」
「そんな!?」
いやいやいやいや恐れ多いなんてもんじゃないんですけど!?!?
「一生君を大切にすると誓う。――だから僕と、結婚してくれないかな?」
「――!!」
嗚呼……!
憂いを帯びた縋るような顔で、そんなことを言われたら……。
「……は、はい、私なんかでよければ」
「――ありがとうッ! もう一生離さないよ!」
「ひゃうっ!?」
途端、サマル様からギュッと抱きしめられた。
あばばばばばばばばば。
今気付いたけど、周りの令嬢たちからの射抜くような視線が痛すぎる……!
「――っ!」
その中でも、一際強い殺気が私のすぐ横から――。
思わずそちらを向くと、そこには――。
「おめでとうダリア。あなたがサマル様の婚約者に選ばれて、私も嬉しいわ」
「……カノーラ」
にこやかに微笑むカノーラが、パチパチと拍手をしていたのである。
こうして何の因果か王太子殿下の婚約者になってしまった私だけど、真の受難はここからだった。
一見なんの短所もないパーフェクトヒューマンと思われていたサマル様だけれど、その裏に重度のヤンデレという、唯一にして絶対の欠点を隠し持っていたのである。
具体的には、サマル様は相手を監禁して、自分だけの世界に閉じ込めることこそ至上の愛と信じているらしく、事あるごとに私を監禁しようとしてくるのだ。
今日なんて、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの体内に監禁室を造ったとか言い出す始末。
しかも同時に召喚した伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに関しては、ただのサラ毛のオッサンだし。
何とか私はサマル様を宥め賺し、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンと伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンを、住処である魔界に戻させたのだった。
「そういえばサマル様、そろそろ大事な会議のお時間じゃありませんか?」
「フン、君と一緒にいること以上に大事なことなんてこの世にはないよダリア。会議は欠席するから、君といつまでもこうしていたい」
「なっ!?」
そう言うなり、私をギュッと抱きしめてくるサマル様。
も、もう……!
この人はいつもいつも……!
「ダメですよサマル様! それも王太子としての責務なのですから! 国民の見本となるべきあなた様がそんなことでどうするのですか。さあさあ、さっさと会議に向かってください」
「むう、本当につれないねダリアは」
名残惜しそうに私から離れるサマル様。
「では、会議が終わったら監禁させてもらうからね」
「絶対に嫌です。……監禁以外のことでしたらお付き合いいたしますので、会議頑張ってください」
「やった! じゃあ僕頑張るよ!」
ブンブンと手を振りながら、スキップしながら去っていくサマル様。
……まったく、婚約者というよりは、大きな息子ができた気分だわ。
「さて、と」
私は私で、今日は大事な用事があるのよね。
鼻歌交じりで、私は待ち合わせ場所へと向かった。
「久しぶり、カノーラ!」
「ああダリア、会いたかったわ!」
待ち合わせ場所で再会したカノーラと、お互い手を強く握る。
今日はカノーラと二人で、久方ぶりの女子会。
昔はしょっちゅう二人でお茶をしながら他愛のない話を遅くまでしていたものだけど、私がサマル様と婚約してからはなかなか自由な時間もなく……(ただでさえサマル様がアレだし)。
私はこの日をずっと楽しみにしてきたの。
「さぁ、早速行きましょダリア」
「ええ!」
久しぶりに会うカノーラは、いつもの明るいカノーラだった。
やっぱりあの夜会の日、カノーラから感じた凄まじい殺気は気のせいだったんだわ。
そうよね、私とカノーラは親友なんだし、カノーラが私に嫉妬してるなんて、あるわけないわよね。
「あら? カノーラ、今日は随分護衛の方が多いのね?」
カノーラの後ろには、屈強な厳つい男性が四人も仁王立ちしている。
いつもは精々一人か二人なのに。
私も今日は護衛の方は一人だけだし。
「ふふ、だってあなたはもう王太子殿下の婚約者なのよダリア? あなたにもしものことがあったら大変でしょう? だから私のほうで用意させてもらったわ」
「そ、そんな! 何だか悪いわ」
でも、言われてみれば一理ある。
私も期せずして責任のある立場になってしまったのだから、今後はもっと気を引き締めなきゃ。
「是非ダリアに紹介したい素敵なカフェがあるの。私についてきて」
「うん!」
まあ、とはいえ今日はせっかくの親友との女子会なんだから、思う存分楽しまなきゃね!
「……ねえカノーラ、そのお店って、まだなの?」
「……」
あれから随分と歩いたけど、すっかり人気のない街外れに来てしまった。
こんな辺鄙なところに、本当にカフェなんてあるのかしら?
「そうね、そろそろこの辺でいいかしら」
「え? カノーラ、それって……」
「ぐっ! き、貴様ら、何する……!」
「――!!」
えっ、何!!?
慌てて振り返ると、私の護衛さんがカノーラの護衛さんたちに羽交い絞めにされ、口元にハンカチを押し当てられていた。
程なくして私の護衛さんは、ぐったりと動かなくなってしまった。
「あ、あなたたち、いったい何を……!?」
「ふふ、次はあなたの番よダリア」
「えっ!!? むぐ……!」
私も別の護衛さんに取り押さえられ、口元にハンカチを――。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
「ふ、ふへ!?」
そして次に目が覚めると、私は薄暗い廃墟のような場所で椅子に縛り付けられていた。
私の隣には私の護衛さんが、同様に椅子に縛り付けられながら気を失っている。
「ふふ、やっとお目覚めね」
「カ、カノーラ!? いったいこれはどういうことなの!?」
目の前には不敵に笑うカノーラと、下卑た顔でニヤニヤしている四人の護衛。
「どうもこうもないわよッ!! この泥棒猫がッ!!」
「――ッ!?」
途端、カノーラが見たこともないような鬼気迫る形相になった。
カノーラ……!?
「サマル様の婚約者にはね、私がなるはずだったのよッ! それをどんな汚い手を使ったのか知らないけど、あなたみたいな木端貴族のゴミクズ令嬢が婚約者だなんて……! 許せるはずないでしょう!?」
「……!」
カノーラ……!
あなた、本当はずっと私のこと、そんな風に……?
「だからあなたには死んでもらうことにしたの。そうすれば今度こそ私が、晴れてサマル様の婚約者になれるわ」
「そ、そんなッ!!? そんなことしたら、あなただってタダじゃ済まないわよ!?」
「ふふ、私は大丈夫よ。罪はそこにいる男に被ってもらうから」
「っ!」
カノーラは私の護衛さんを、顎で指した。
「筋書きはこうよ。実はずっとあなたに横恋慕していたその男は、女子会中、遂に我慢できずあなたと無理心中を図った。あなたと二人、この近くの崖から飛び降りてね」
「崖から……!?」
耳をすませば、確かに潮の音が聞こえる。
海が近いのかもしれない。
「で、でも、そんな話、本当に信じられるかしら?」
「ふふん、死人に口なしなんだから、私の証言が全てよ。私は由緒ある伯爵家の人間なんだから、誰も疑うはずはないわ」
「……!」
それは……、確かにそうかもしれない。
「へっへっへ、カノーラ様、その前に、約束通り俺たちにお楽しみの時間をくださいよ」
「ふふ、もちろんよ。――むしろ徹底的に心身ともにズタズタにしてやりなさい」
「さっすが~、カノーラ様は話がわかるッ!」
「なっ!?」
四人の男たちが、いやらしく口角を吊り上げながらこちらに近付いてくる。
……い、いや、いやぁ。
「助けてぇ! サマル様ぁ!!」
「どうも、私が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンです」
「「「――!?!?」」」
その時だった。
どこから湧いて出たのか、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが、男たちの真横にポツンと立っていた。
「ナ、ナニモノよあなた!? あなたたち、早くこのサラ毛のオッサンも殺しなさい!!」
「ヘ、ヘイ!!」
男たちが腰の剣を乱暴に抜く。
嗚呼、いくら伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンでも、この人数が相手じゃ――!
「おやおや、物騒ですねえ」
「「「っ!?!?」」」
が、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンはうねうねと髪の毛を伸ばすと、男たちの手から素早く剣を奪い取ってしまったのである。
そこはかとなくキモいけど、凄いわ伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン!!
「テメェ、さては人間じゃねーな!? ――ん? 何だこの音は?」
――!?
確かにキイイィィンという空気をつんざくような、不快な音が響いてくる。
この音は、まさか――!
「ガギャアアアアアアアアア」
「「「う、うわあああああああ!?!?」」」
次の瞬間、屋根をブチ破って伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが私たちの前に降り立った。
やっぱり……!
「ダリアッ!! 無事かいッ!?」
「――サマル様!」
伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの背には、お美しい金色の髪を乱したサマル様が乗っていた。
「――!! ……許さんぞ貴様ら。――焼き尽くせ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン!」
「ガギャアアアアアアアアア」
「「「ああああああああああああああああ」」」
――!!
伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが吐いた灼熱の炎が、一瞬で四人の男を消し炭にしてしまった……。
「さて、と、後は君だけだね、カノーラ嬢」
「ヒッ……!」
カノーラの目の前に降り立ったサマル様は、氷のように冷たい眼でカノーラを見下ろす。
「伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン」
「ガギャァ」
サマル様が右手を天に掲げ伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンに合図すると、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンはサマル様の右手に先ほどの炎を吹き付けた。
サ、サマル様、いったい何を!?
「「――!!」」
サマル様の右手に纏った炎は、その形を剣のように変えた。
サマル様がその炎の剣を近くにあった柱に軽く振るうと、柱はバターみたいにドロリと溶けてしまった。
「ヒイイイィィ……!! どうか命だけはお助けください、お助けくださいぃぃ……!!」
カノーラは涙と鼻水をこれでもかと垂れ流しながら、その場で深く土下座した。
「ダメだね。――精々地獄で悔いるといいよ」
サマル様は微塵も躊躇なく、炎の剣を振り下ろす――。
「お、お待ちくださいサマル様ッ!!」
「「――!!!」」
間一髪、炎の剣はカノーラの頭の直前で止まる。
「何だいダリア? まさかこの女を庇うつもりじゃないだろうね?」
「そ、それは……、でも、カノーラとはずっと親友だったんです。こんなことにはなってしまいましたが、私はカノーラと育んできた時間の、全てが偽りだったとは思っていません。――そうよね、カノーラ?」
カノーラとマリトッツォを食べながら、男性との理想のデートで盛り上がった思い出がよぎった。
今回カノーラは運悪く嫉妬心という魔物に取り憑かれてしまっただけで、根っからの悪人ではないことは、私が一番よくわかってるもの。
「あ、あああ、ああああああああああ……!」
カノーラは両手で顔を覆いながら、嗚咽した。
「……やれやれ、本当に君は、優しいね」
サマル様が右手の指をパチンと鳴らすと、炎の剣は跡形もなく消え去った。
……ほっ。
「――だが、無罪放免というわけにはいかないね」
「「……え?」」
サマル様?
サマル様が再び右手の指をパチンと鳴らすと、カノーラは煙に包まれた。
そして煙が晴れると、カノーラの姿は綺麗さっぱり消えてしまっていた。
カ、カノーラ!?!?
「サマル様、カノーラは……?」
「あの女なら魔界にある伝説の更生施設ナロウニデテクルシュウドウインハジッシツケイムショに転送したよ。そこで一年人格を矯正されれば、どんな極悪人でも真人間になって帰ってくると評判さ。一年後は、身も心も綺麗になった彼女と再会できるだろう。――それを、かつての彼女と呼んでいいものかは疑問だけどね」
「そ、そうですか……」
それでも、死んでしまうよりはマシだったとは思いたい。
「嗚呼僕のダリア……! 本当に心配したよ……!」
サマル様が右手の指をパチンと鳴らすと、私を縛っていたロープはハラリと解けた。
「でも、無事でよかった……!」
「サマル様……!」
そしていつもの如く私を強く抱きしめる。
「でも、何で私がピンチだってわかったんですか? それに今は、会議の途中では?」
「――虫の知らせだよ」
「……は?」
虫の、知らせ……?
「僕は24時間365日、常に君のことを考えているからね。君に何かあったら、ビビッと嫌な予感がするのさ」
「つまり、勘ということですか……?」
そんな、ただの勘で、大事な会議をすっぽかしたというのですか……!?
今回はガチのピンチだったからよかったようなものの、下手したら大問題ですよ、それ!?
……やれやれ、これはサマル様の教育には、まだまだ時間がかかりそうだわ。
「フフ、ところでダリア」
「は、はい?」
サマル様が美しくも妖しい笑みを、私に向けてくる。
あ、これは私にもわかる。
ビビッと嫌な予感がしたわ。
「僕のお陰で助かったんだから、今日こそ君を監禁してもいいよね?」
「え、えーっと、それは……」
とりあえず一旦、落ち着いて考える時間をいただいてもよろしいですかね?