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清姫異聞  作者: 四月朔日
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道成寺縁起

一方、和尚にも心配な事はあった。

人の口に戸は立てられないものである。賊が入り、人が殺された事はすぐに周り中の噂になった。

御仏に仕える寺に賊が入り、あまつさえ殺生までしたのだ。

寺の評判は急速に落ちていった。

これも和尚の人徳の無さが原因だと言われ、和尚の評判も地に落ちた。

このような状況なので、和尚にとって安寧が逃げた事などどうでもいいことだった。

賊が入った寺との評判が立ってから、寺に来る人の数はめっきり減っていた。

道成寺周辺は門前町であり、寺に来る人によって経済が成り立っていた。

そのため、その影響は寺の周辺の店にまで及んだ。

当然、店主の矛先も和尚へと向っていた。

但し、強欲な和尚にとって他人の非難のような一文にもならないものはどうでも良かった。

ただ、寺に来る人が落としていくお金と、寺へのお布施が減っていく事が痛かった。

寺の財政悪化は切実なものになり、とうとう和尚が大事にしていた般若湯すら買えなくなったのである。


和尚が右往左往している間にも、寺の状況は逼迫していった。

一番の兄弟子である知徳は、他の小坊主をまとめるので必死だったが櫛の歯が抜けるように一人、二人と小坊主が辞めていった。

この状況を和尚に相談しても、近頃の和尚は満足に話を聞いてくれず何やら思案してばかりである。

人徳は無くても金銭勘定だけは旨いと言われていたのに、最近ではそれすらも弟子まかせだ。

寺の奥の自室に籠って何か考え事をしているらしい。

しかし、知徳には和尚が自暴自棄になっているような気がしていた。

知徳にとっては、目を掛け信頼していた安寧が去ったことが一番痛かった。

あのとき、自分が安寧を庇えば良かったのか?そんなことを考えながら過ごす日々が続いていた。


そうこうしているある日、和尚がいきなり皆の前に出てきた。

1週間ぶりだ。

和尚の目の下には隈が出来ていて、疲れた様子であった。

出てきて、そしてこう宣言した。


「私はこれから3日間部屋に籠る。その間誰も部屋に近づかないように」


和尚はこう告げると、説明もなく部屋に戻ってしまった。

残された小坊主達はいきなりな展開に途方に暮れるしか無かった。

特に知徳は困り果てた。

蔵にはもう3日分しか食料が残されていない。

切り詰めても5日。

それを過ぎると、食べるものも、それを買うお金も、何も残っていなかったのである。


4日後の朝、和尚が晴れやかな顔で皆の前に顔を出し、「今まで待たせたな」と皆に言った。

目は落ちくぼみ、髭は伸び、髪もぼうぼうで酷い状態ではあったが、目は爛々と輝きその口調は穏やかであった。

今までとは違う和尚の姿に、皆驚きを隠せない。

特に知徳は呆然とし、「和尚様、どうしたのですか?」と問うのがやっとだった。


「完成したんだよ、知徳」


満面の笑みを浮かべてそう言った和尚の手には一巻きの巻物が握られていた。

手はよく見ると墨だらけだった。

和尚はその巻物を目の高さに掲げ、さっと開く。


『道成寺縁起』


その巻物には、しっかりそう書かれていたのであった。


『道成寺縁起』の内容はざっとこうだ。

清姫に慕われた安珍が清姫から逃げ出して道成寺まで来る。そこで清姫があやかしの本性を現し、蛇に化けて追いかける。

やがて、安珍は鐘ごと蛇に巻かれ焼かれて一巻の終わり。

そこで和尚の登場である。

蛇へと転じた清姫を法力で抑え、なだめ。また非業の死を遂げた安珍を弔い。

法華教の教えによって、二人の魂を救わんとする。


つまりは、寺は賊に襲われたのではなく遠く真砂の庄司ヶ淵でおぼれ死んだ少女が蛇に化けて暴れたことにする。

鐘も真砂衆が焼いたのでは無く、蛇が安珍ごと焼いた事にする。

そして、それを和尚が法力によって戒め、法華教の教えを諭すことで仏の道に導く。

こうすることで、寺は怪異に襲われるが和尚の力で解決し、救われない魂をも救ったという話になる。

もちろん、和尚にそんな法力は無い。 全部法螺である。

しかし、転んでもただでは起きない商才があった。


和尚はさっそく小坊主達にこの巻物を写させた。

全部で50部。

そして、それを地方の有力者の元に運ばせたのだ。

また、小坊主達の中でもしっかりしてるものを3名選び、近隣への使いを出した。

噂は人の口から人の口へと伝わるものである。

土産物屋の店主に事情を伝え、噂を広めて貰うように依頼した。

和尚の目論見が当たれば、寺には人が押し寄せるはずである。そうなれば、近隣の店も潤うだろう。

これは貴方たちにとっても、救いになる話です、と・・・。

全く、嘘も方便である。

しかし、この和尚の作戦が功を為した。

1週間もしないうちに寺には人が押し寄せ、和尚の話を聞きたがる。

同時に蛇が巻き付いた鐘を見せろと言うので、まさか足下に安珍共々埋まってるとも言えず。

寺から転がり落ちて日高川にある、と適当に言ったがそれも信じられる始末。

結局、何を言っても信じてくれるので話がどんどん大きくなった。

おかげで清姫はどんどん化け物として語られる事になっていくが、幸いな事に真砂からの抗議は無かった。

真砂にも道成寺縁起は伝わっているはずだが、抗議をする余裕も今は無いのだろう。

それを良いことに、道成寺はますます巻物を使って栄えるのだった。

こうして道成寺は廃寺になる危機を脱し、逆にこの物語で知名度を上げることに成功した。

これが後に語られる、道成寺縁起のほんとうの物語である。

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