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清姫異聞  作者: 四月朔日
8/10

安寧

道成寺。

由緒の正しい寺でその起源は古く、奈良時代に遡る。

創建は天武天皇の時代、藤原宮子の願いにより建ったと言われている。

宮子の父は、あの藤原不比等である。但し、養女である。

寺の伝承によると宮子は熊野の漁師の娘として生まれた。

生まれてしばらく髪の毛が生えず、母親の祈願により艶やかな黒髪が生えた事から髪長姫と呼ばれるようになった。

その奇跡的な出来事が不比等の耳にも届き、養女に迎えたとある。

が、そんな伝承は子供だましに過ぎない。

ほんとのところは武闘派集団である熊野一族と敵対することを恐れた不比等が熊野一族の頭領の娘を養女とし、自分の娘として天皇に嫁がせたと言われている。

もっとも、不比等に睨まれて無事に済むもの等居なかったため、こういう話は表だっては話されず、陰で噂として語られていた。

熊野一族としては、直接娘を天皇に嫁がせたいところだが、さすがに不比等に正面切って逆らう力は無かった為、名より実を取る事となった。

歴史的には宮子が熊野一族の娘である事実は抹消されているが、結果的にはこのことが後年天皇家と熊野一族の縁を取り持つことになる。

熊野一族にとっても決して損な話では無かったのである。

道成寺の伝承によると、道成寺は宮子の髪が生えるように祈られた場所であると言われている。

しかし、ここに関してもおそらくは熊野一族にとって縁の深い寺となっていたはずである。

熊野一族の繁栄と共に栄えたはずだが、闇に消えた歴史は黙して語らずである。

ただ、今なお熊野詣での重要な拠点として、栄えているのだった。


そんな、道成寺の繁栄の歴史も・・・今は昔になろうとしていた。

当代の和尚の評判は決して良くなかった。

『あの和尚は金に汚い』、『仏ではなく金に仕えている』など近所の人から散々に言われていた。

また、人相があまり良くなくだみ声でもあったので、あの和尚は人徳が無いとも言われていた。

最近では『和尚の地位を金で買ったんじゃないか?』とまで言われる始末だ。


真砂衆が去った後、初めに鐘に近づいたのは寺で修行をしている小坊主の一人の安寧であった。

安寧達、少数の小坊主は起きて成り行きを見守っていたが、真砂衆が去ったのを見て慌てて飛び出した。

鐘の側ではまだ枯れ木が燃えていたし、鐘もまだ赤々と輝いていた。

但し、さっきまで聞こえていたうめき声は、もう既に聞こえなくなっていた。

安寧以外の小坊主は鐘に近づくのを躊躇した。

中で人が焼け死んでいるのである。怖くて近づけたものではない。

しかし、安寧は『もしかするとまだ助かるかもしれない』と思い、思い切って火を消し止めることにした。

井戸の水をくみ、それを鐘に掛ける。水は一瞬にして水蒸気になったが、それでも熱気は残ったまま。

このままでは近づくこともままならないので、安寧は2回、3回と水を掛け続けた。

5回目くらいでようやく近づけるようになったが、さすがに鐘をどかすことは怖くて出来ない。

外側から鐘を叩き、中にいる人間の安否を確認しようとする。

鐘は「ガァン、ガァン」と濁った音を鳴らすが、中で人が生きている気配はしない。

さすがにあの状況で生きている事は難しいだろう。

安寧はその場で何も出来ず、立ちつくした。安寧以外の小坊主も、ただ立っている以外何も出来なかったのである。

やがて、陽が昇り他の小坊主も起き出してきた。

昨夜の状況を知らない小坊主達は皆、鐘の状態に驚き、安寧達の話に耳を傾けた。

ただ、鐘をどうしたら良いのかは誰も分からなかったので、和尚が起きてくるのを待った。

和尚が起きたのは、朝の9時を回った頃だ。ずいぶんと遅い起床だが寝る前に般若湯を飲み過ぎた日は大抵こんなものであった。

小坊主達はいつもなら『またか』と思うだけだが、今回ばかりは和尚のいい加減さに少し怒っていた。


和尚は起きてすぐ、昨夜に賊が入ったこと、そして人が一人あろうことか寺の鐘の中で蒸し焼きにされたという報告を聞いた。

聞いた瞬間、渋い顔になった。

当然だろう。寺の中では基本的に全ての殺生を禁じている。その自分の寺の中で人が殺されたのだ。表情が渋くなってあたりまえである。

と、安寧達が思っていると和尚がバチを持ってきた。木魚を叩くときに使うものだ。

それを安寧に渡し「鐘を叩いてみよ」と言う。

安寧は言われたとおりにバチで鐘を叩く。「ガガガァーン」とやはり濁った音がする。

さっきは手で叩いたが、今回はバチなので音は大きい。しかし、以前の澄んだ音にはほど遠い。

地面に置かれているせいもあるが、それでもどうしようもない音であることは誰の耳にも明確だった。

その音を聴いて、和尚の顔がまた渋る。


「やはり駄目か、その音ではもう使い物にはならんな」


この言葉を聞いてギョッとしたのは安寧だけでは無かった。

『まさか、音に問題が無ければ使うつもりだったのか?まさかな、中で人が死んでる鐘だぞ?』

と思ったが、まさかと誰もが思っていた。しかし、和尚の次の言葉で思い違いで無いことがはっきりした。


「鐘に水を掛けたのは安寧か?」

その問いに安寧は「はい」と応える。


「なぜ、水を掛けた?焼けている金属に水を掛けると急な温度変化で金属が痛む。そのくらい鍛冶屋の息子でも知ってる事だぞ。

 中にいるものはどうせ助からぬ。昼までほっといたところでバチも当たるまい。鐘も冷めればまた使えるようになったかもしれぬものを・・・」


『俺は鍛冶屋の息子じゃない』

『使うつもりだったのか?あんたは!』

『中で人が焼け死んだ鐘など、寺で使えるものか!!』

と多くの小坊主が思ったが、相手が和尚なので面と向かって言うことも出来ず、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

そんな中、意にも介さず和尚が言葉を続けてこういった。


「安寧、水を掛けたのはおまえの落ち度だ。鐘がいつまでもそこにあると人目に付く。早くその使えなくなった鐘を始末しなさい。

 鐘は金物屋・・・はまずいな、そうだ寺のその場所にそのまま穴を掘って埋めてしまいなさい。

 中に仏も居るんだったね。だったら一緒に供養も出来るからね」


なんと、供養がついでである。

しかも、人目に付くから鐘をどうにかしろと言われる。

これには、小坊主達もさすがに驚いた。

しかも、安寧に関してはみんなが怖がって近づけなかった鐘に一人近づき、水を掛けた事からみんなの英雄とされていた。

その安寧の行為を”落ち度”という。

皆の落胆は大きかった。

しかし、和尚はこの件は終わったとばかりに安寧以外の皆に普段の仕事の再開を命じた。

安寧は一人、泣きながら穴を掘り始めた。


鐘は人が一人入れるほどもあるので、それを納める穴は深さにして2m半、直径も2mくらいは必要だろう。

穴を掘った後は、鐘を中の遺体ごと穴に入れ、土を掛ける。

全ての作業を終えたのは、日もとっぷり暮れた後だった。

一人で全ての作業を行った安寧は、埋めた跡に対して自分が覚えている経文を唱え、見ず知らずの焼け死んだ人を弔った。

次の日の朝、焼けた鐘は影も形もなく、炭の跡を除いては寺の庭はすっきりしていた。

そして、その日から安寧の姿を見たものは一人もいなかった。


実のところ、安寧は和尚の人徳の無さに嫌気がさして寺を抜けたのだった。

そのことは残っている小坊主にはなんとなく察しが付いていた。

寺を中途半端に抜けた安寧の事は皆心配だったが、この和尚に付いていては未来は無いかもしれない。

正直今は自分たちの事が心配だった。

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