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とある幼稚園児の話

 ランチタイムのピークを過ぎた頃『ナルセ』の扉をくぐったのは4つの人影。2つは大きく、2つは小さい。

 小さい人影はお揃いの帽子にお揃いのリュックを背負っている。どうやら大学の付属幼稚園に通っている子供のようだ。大きい人影は女性がふたり、おそらく早めに終わった幼稚園の帰りにそれぞれの母親に連れられて昼を食べに来た友達同士というところだろうか。


 子供は男の子と女の子だった。仲良く手をつないで、案内されるまま窓際の席に座る。窓際に向かい合わせに座って「ふふふっ」と目を合わせて笑いあっているのが微笑ましい。


「ボクねー、お子様カレーのハンバーグのせ!」

「大ちゃん、ハンバーグ? 野々香はねえ、目玉焼きのせにする」

「あとね、あとね、ラッシー! マンゴーのやつ!」

「あ、野々香もほしい!」


 仲のよい注文を承りながらも二人のかわいらしさにさくらの頬が緩む。


『ナルセ』のお子様カレーはスパイス控え目の超甘口カレーがベース。それにトッピングが数種類から選べる方式で、デザートにゼリーがついてくる。ハンバーグと目玉焼きは特に人気のトッピングだ。元気に注文をさくらに伝える姿を母親たちが微笑ましげに見ている。


「はい、かしこまりました。ふたりとも仲良しなのね。幼稚園のおともだちかな?」


 4人分のオーダーをとったさくらがにっこり話しかける。すると女の子――野々香がきらきらした目で答えた。


「あたりだけど、はずれ~」

「え?」

「あのね、野々香はね、大ちゃんとおんなじクラスだけどね、お友達じゃないの。野々香と大ちゃんはね、大きくなったらケコンするの! だからオトモダチじゃなくて、こんやくしゃなの! ね、大ちゃん」

「うん!」

「へ、へえ! そうなんだ!」


 さくらはびっくりしたけれど、あまりに可愛らしくて悶えてしまう。幼稚園児の結婚の約束、ほんわかする。オーダーを通しにキッチンへと戻り、セットのサラダの支度をしながらも顔がにやけてしまっている。


「どうしたの、さくらちゃん。ニヤニヤして」

「もうね、すっごく可愛いんです。あそこのおチビちゃんたち。あっ、ほら見て」


 成瀬が視線を向けた先では向かい合わせに座った子供二人が仲良く本を読んでいる。時折顔を見合わせて一緒に「ねー」と同じ方向に首をかたむけているのがたまらない。


「さくらちゃんは子供好き?」

「好きですよ。実は私、ちょっと年の離れた弟がいるんです。もうめちゃくちゃ可愛がってたしお世話もしましたから」

「そうなんだ」


 言いながら超甘口カレーを盛り付け、二つの皿にそれぞれハンバーグと目玉焼きを載せる。

 その皿を受け取りながらさくらが言った。


「女の子の方が言うには、友達じゃなくて婚約者なんですって」

「婚約者?!」

「びっくりしちゃいました。でも少女漫画みたいですね、小さい頃に結婚の約束をして、って。ちゃんと結婚って言えなくてケコンになってましたけど」

「へ、へえ……」


 ちょっと気の抜けたような成瀬の返事を聞きながらさくらは子供たちのいる席に皿を運んで行った。

 かわいく花の形に抜かれた目玉焼きと、クマの形に作られたハンバーグに大喜びの二人。手を合わせて「いただきまーす!」と言ってスプーンを持った。


「んー、おいひいー!」

「辛くないね!」

「うん、目玉焼きもかわいくていいね! ボク、今度は目玉焼きにしようかな」

「ハンバーグもおいしそうだね。ねえねえ大ちゃん、目玉焼き一口あげる」


 ピンクの持ち手がついた小さなスプーンに少し目玉焼きをすくって野々香が差し出す。空中で止まって待っているそれはぱくりと男の子――大ちゃんの口に吸い込まれた。


「おいひい! ありがと、野々ちゃん。ボクのもあげる。はい、あーん」

「あーん」


 今度は水色のスプーンに載ったハンバーグが野々香の口にぱくん、と入る。


「おいひいねー」

「おいしいねー」


 ねー、と2人とも両手を自分の頬に当て、同時に同じ方向に首を傾けた。横に座っている母親二人もさくらも、その可愛さに悶絶している。


「かわいい――めちゃくちゃかわいい」

「ねえ、このまま本当に婚約させたいって思っちゃう」

「野々ちゃんパパがショックで倒れちゃうんじゃない?」

「ああ……泣きそう」


 母親たちの話にさくらは心の中で激しく首を縦に振っていた。


 そんな店内でただ一人、ほんわか幼児パワーに癒されていない男がひとり。


「幼稚園児で婚約――ちびっ子にまで先を越されてる……」


 ぶつぶつ言う成瀬の言葉は小さく、誰にも気づかれていなかった。

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