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さくらの話

とっても短いお話の詰め合わせになります。毎回主人公違いますので、適当に途中から読んでもたぶん大丈夫です。


ちょこっとお付き合いいただけると嬉しいです。

「君が、好きです」



 勤め先の通用口を開けたその瞬間聞こえてきた声に、さくらは思わず足を止めた。



 勤め先はカレー専門店『ナルセ』、スパイスの香り漂うキッチンの方から人の気配がする。今いる位置からはキッチンの入り口しか見えないので、誰がキッチンにいるのかはわからない。ただ、どうやらあの声は店長の成瀬ではないだろうか。さくらは固まってしまった。



 どう聞いても告白シーンだ。まかり間違っても手塩にかけた配合済みのスパイスにかける口調じゃない。

 カレーに人生を捧げたような成瀬だから、心に秘めた女性がいるなんて思いつきもしなかった。よく考えれば全然不思議なことではないのだけれど。



 成瀬は30手前、物静かで優しい男性だ。お客さんにも彼の細やかな気配りが好評で、カレーの旨さだけでなく店主の人柄ゆえに通ってくる常連客がいるほどだ。

 けれど親しい女性の影は見えなかった。常連客からも「早く嫁さんもらえ」と冗談口をたたかれるほどだ。そしてそんな話になるとなぜか矛先がさくらに向き「なあ、さくらちゃんもそう思うよなあ」と客から同意を求められる。その度にさくらはにっこり笑ってかわすものの、鈍い痛みを胸の奥に覚えていた。

 ――そう、さくらはずっと成瀬に片思いしているのだ。現在進行形で。

 バイトを始めたばかりの頃、さくらがお子様カレーくらいの甘口じゃないとカレーを食べられないと知った成瀬は、彼女のためだけに超甘口のカレーを開発してくれた。自分だけのために何日もかけてレシピを考えてくれた成瀬に、さくらの心はラッシーよりも甘酸っぱく蕩けてしまったのだ。



 だから今、さくらはショックで立っているのがやっとだった。壁にかけてある自分のエプロンをぎゅっと握りしめ、頭の中はぐらぐらと揺れてしまっている。そしてそんなさくらに追い打ちをかけるようにキッチンからの声が続いている。



「ええと――初めて会った時から好きでした」



 再び成瀬の声が聞こえた。けれどよく聞いていると何かが違う。



「それとも君を愛してる……重いか」



 告白しているのではなく、告白の練習をしているようだ。それに気がついて、さくらはごくりと唾を飲み込んだ。



 成瀬は一体誰に告白しようとしているんだろう。全く思いつかない。

 盗み聞きなんてよくないことはわかってるけれど、縫い留められてしまったように足が動かない。

 知りたい。彼の心に住んでいるのは誰なのか。けれど盗み聞きなんてよくない。さくらの心の中で天使と悪魔がせめぎ合う。



 その間も成瀬の「練習」は続いている。



「君は俺にとって太陽だ……陳腐すぎる――そうだ! 毎日君のナンを焼きたいとか、君のラッシーを作るのは俺だとか! ――だめだこりゃ」



 考えすぎて思考が明後日の方向へ反れてきたらしい成瀬は大きくため息をついている。

 そして「よしっ」と意を決したように続けた。



「やっぱりストレートに言うのが一番だよな! 好きです、俺とつきあってください――さくらちゃん」

「はっ! はいっ!」

「え」



 名前を呼ばれて思わず返事をしてしまった。流石にこれ以上隠れているわけにも行かず、そおっとドアの向こうから顔を出した。キッチンの中にはカチンコチンに固まった成瀬がただひとり、呆然とした顔でこちらを見ている。



 キッチンの奥と入り口から真っ赤な顔をして見つめ合う二人。店内にはカレーを煮込む音だけがコトコトと聞こえていた。



 その日来店した常連客は「やっとまとまったか、この二人」「今日のカレーはやけに甘ったるく感じる」と語ったとか語らなかったとか。

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