4 魔除け
馬車が3台通れるほどの道をハルナードと共に歩く。
少し重い荷物を背負って、ハルナードとたわいもない会話を楽しんだり、旅に必要な知識を教えてもらったりした。
「前にも話したと思うが、このように人の手で作られた道は魔物に出会うことがほぼない。道を作る際に魔除けを施してあるんだ。ただ、人が通ることで自然とできた道は、魔除けはされていないから、魔物と出会う可能性があるから特に気を付けるんだぞ。」
「この道は大きいし、魔除けがされた安全な道だよね。」
「確かにここは魔除けが施された道だが、安全とは言えない。魔除けは魔物にしか効かないからな。悪い人間には効かない。人の者を奪う、盗賊と呼ばれる人間もいる。」
「その盗賊たちに襲われる危険があるってこと?」
「そういうことだ。」
この世界の脅威は、魔物だ。次に犯罪者。これは前の世界でも変わらない、多くの人間がいれば少なからずそういう人間は現れる。ハルナードが私に剣を教えたのは、おそらく対魔物ではなく対犯罪者のためだろう。
魔物は、先ほど話した魔除けという対抗策があるので、人が住む場所と人が使う道に魔物の脅威はほぼない。
本当に怖いのは、どこにでも入り込む人間だ。この道にだって、私たち以外の人間がいる。すでに10人ほど追い抜いて、正面に目をやると先を進む人影や逆に進む人影が見える。
これから向かう町にだって、多くの人間がいる。その中には犯罪者もいるかもしれない。
だから、ハルナードは護身のための剣を私に教えたのだろう。
「エリーシャ、命を奪うことを恐れてはいけない。わかったな?」
「うん。」
前世なら、非難される言葉だろう。命を奪うことは忌避され、それを行うものはどのような理由があろうと非難される。正当防衛なんて都合のいい言葉は、現実にないのだ。
人は、人を貶める。
でも、この世界では人殺しは忌避されない。ただし、盗賊などの犯罪者を殺すことのみだが。 それでも前世よりは忌避されないのだから、ためらう必要はない。
私は、護身程度には剣を習ったが、だからと言って強いわけではない。
ハルナードにはもちろん勝てないし、盗賊などと正面から戦って勝てると思っていない。だから、油断させて一撃で行動不能、殺すつもりで攻撃するのが一番だ。
下手に手加減して、こちらが殺されては馬鹿を見るだけだ。
手加減は、強者に許された技で、今の私に使う資格はない。今の私は、全力でやるのみ。
特に問題なく目的の町に着き、初めて宿屋に泊まった。
1階は食堂と受付、2階が部屋だ。道中の休憩中に素振りは終えたので、今日はもう食事をして寝るだけ。今は、お風呂代わりに体をふき終わったところで、同じ部屋にいるハルナードが水の入った桶とタオルを持って立ち上がった。
「夕食を食べに行こう。確か、この宿屋はシチューが絶品だったはずだ。」
「もうお腹ペコペコだよ。」
シチューといえばパンだろうが、私はシチューの中にご飯を入れたい気分だった。でも、この世界でご飯を見たことがない。というか、日本食を見たことがないな。
世界が違うのだし、食文化も違うのだろう。
仕方がないので、パンをたくさん食べようと決めて、私は扉を開けた。その扉をハルナードが通って、私も部屋を出て扉を閉め施錠する。
「よし、行くぞ。」
「うん。」
右手に桶を抱えたハルナードが、いつものように私に手を差し出して、私はその手を取った。前世でも今世でも両親と手をつないだ覚えがないのに、ハルナードとは数えきれないほど手をつないだ。でもそろそろ私も11・・・ハルナードが手を差し伸べなくなる日は近いだろうと思って、私は今この時のことを忘れないように記憶に焼き付ける。
思い出したいことなんてなかったのに、ハルナードに出会ってから一瞬も忘れたくないと思うほど、記憶に焼き付ける日々。体力づくりや剣の練習は苦しいけど、それでも忘れたいとは思わない。
忘れたいのは、ハルナードと出会う前のこと。時々思い出しては、私の胸は痛んだ。でも、そろそろそんなことももうなくなるだろう。
前世の両親の顔も、クラスメイトの顔も、私に意地悪をしてきた人たちの顔も、朧気でよく思い出せなくなった。ひどく寂しい思いをしたのは覚えているけど、誰がどんなことをしてきたのか、朧気だ。
今世の両親の顔だって、もう一部しか思い出せない。赤ら顔の男と厚化粧をした女。
忘れてしまおう。だって、こんな記憶楽しいことなんて一つもないし、こんなものを覚えているくらいなら、ハルナードとの思い出を残したい。
いつか、ハルナードと別れた時、その思い出に浸れるように。
もうハルナードもいい歳だ。そろそろいい人でもできて、結婚して子供が生まれて・・・私が隣にいられることもなくなる。
生活の仕方を教えてもらって、護身の剣を習って、今は旅に出てる。きっとこの旅が終われば、ハルナードは私を一人前として手放すだろう。
あと何年一緒にいられるだろうか?
ずっとこのままなんて夢はもっていない。だって、血のつながった家族でもない、本当の弟子でもない、私と一緒にいる理由なんてないから。
手放された時、私は何をしよう。
町で生活することは可能だし、旅を続けることも可能になるだろう。でも、できるからと言ってやりたいわけではない。町で生活したいとは思わないし、旅をしたいとも思わない。ただ、ハルナードと一緒にいたいとしか思えない。でも、それは駄目だ。
せっかく、ハルナードが私を育ててくれたのだ。なら、私はそれを活かすべきだろう。
何でもいい。普通に生活するでも、世界を見て周るでも、きっとハルナードにとってはどれも変わらない。ただ、私がこの世界で生きていければ、ハルナードは満足してくれる。
でも、今は何も思いつかないから、ハルナードとの旅を楽しもう。