3 出発
問題なく家を一周できる体力がついたころ、メニューに素振りが加わった。まずは10回からと言われて、余裕にこなせると思った私だったが、10回素振りした後思ったより辛くて、50回とかでなくてよかったとほっとした。
「今日は20回な。」
「・・・わかった。」
倍に増えたメニューに文句も言わず、私は言われた通り木の棒を振る。そう、剣ではなく木の棒だ。剣はまだ重たくて持てなかった。
次の日。
「今日は30回な。」
「・・・・・・わかった。」
筋肉痛がひどいが、私は痛みに耐えて木の棒を振った。
1日経つごとにプラス10される素振りをこなし、素振り100回のメニューになったころ、木の棒が剣に変わった。
「今日は50回な。」
「うん!」
素振りの回数が減ったと喜んだのもつかの間、重い剣を振るのは数回でも大変で、いきなり難易度あがりすぎ!とハルナードを恨みながら剣を振る。
次の日、全身が痛くて泣きそうになりながらもハルナードと家事をこなし、素振り100回を言い渡された。
「あの、ハル・・・」
「どうした?何かわからないことでもあるのか?」
「ハルは、私を剣士にしたいの?」
「いや?前にも言ったが、護身程度に剣が身に付けばいいと思っている。」
「・・・そう、わかった。」
必要なことなのだ。そう言い聞かせて私は素振りを始めた。
それから月は経ち、町10周、素振り500回のメニューを難なくこなし、ハルナードと剣の打ち合いをするようになった。
本気で斬りかかる私に対して、ハルナードは軽々と受け流して余裕がある。
ハルナードは年上だし男性だ。まだ幼い私の体では、ハルナードからすれば微笑ましく剣を受け流せる程度の力しかないのだろう。
別に悔しくはない。私は剣士になりたいわけではないし、勝ち負けにこだわる性格でもないからだ。
「よく頑張ったな、エリーシャ。」
「え・・・」
「このくらい出来れば上出来だ。あとは、基礎体力を落とさないように注意すれば問題ないだろう。」
「ということは・・・?」
「これ以上教えることはない。ただ、素振りは続けるように。さっきも言ったが、基礎体力が落ちたら意味がないからな。」
「・・・うん。」
剣の道・・・護身の道に終わりはないということを知った。
「エリーシャも10歳になったことだし、そろそろ旅に出るか。」
「初耳なんだけど。」
「言ってなかったか?まぁ、旅に必要な知識は教えたし、護身できる程度には剣も扱えるようになったし大丈夫だろ。」
「いや、心の準備があるから!」
「出発は明日だ。」
「えぇ!?」
心の準備どころか、旅の準備すらできないけど!?
駄目だ、これはさすがに駄目だ!
「明日は駄目!そんな気軽に行くようなものじゃないでしょ、旅って!もっと入念に準備してから行かないと。この家だって戸締りをちゃんとして・・・」
「あ、この家もう売ったから。」
「えぇっ!」
「大丈夫、必要なものはまとめてあるし。もちろんエリーシャの旅の支度も僕がやっておいたから。」
「・・・何を言っても無駄なことはわかった。」
「やっとわかってくれたか。」
「・・・」
若干イラっとしたが、私はそれを飲み込む。
お世話になっている身だし、しっかりと準備をしてくれたのなら文句は言えない。いや、本当は文句を言ってもいいとは思うけど、もう面倒だ。
こうして唐突に、私達は4年間暮らした家を出て、旅に出ることになった。
生活能力を育て、剣を教え、次は世界を教えてくれるらしい。何とも教育熱心なことだと思って、心が温かくなる。
これが家族というものだ。前世の両親も、今世の両親も私は家族と思っていない。ただの私を生んだ人間に過ぎない。家族とは、ハルナードのように、様々なことを教え、できれば褒めてくれる、ずっと一緒にそばにいてくれる、そんな存在だ。
今なら娯楽小説を読んでも楽しめるかもしれないと思ったが、残念ながらこの世界にはないだろう。
そういえば、死んで異世界に行くという小説が流行っていると聞いた。今の状況はまさにそれだろう。だとすれば、娯楽小説を読まなくたって、いくらでも楽しめる。
「忘れ物はないか、エリーシャ。」
「うん。というか、ハルが荷物をひとまとめにしていたから、忘れようがないよ。」
「そうだな。それじゃ、カギ閉めるぞ。」
「うん・・・」
この家は売られてしまった。もうここに戻ってくることはないのだろうと思うと寂しく感じるが、私は一人ではない。
この家の思い出は、ハルナードとの思い出がすべてだ。だから、一緒にハルナードがいれば寂しくなんてない。
空を見上げれば、雲一つない青空。
町を出るのは初めてだ。ハルナードから他の町や森などの話、魔物の話などは聞いていたが、実際私が外に出るのは初めてなので少しだけ緊張する。
でも、そんな私の手を引くいつもの手に、安心して身を任せた。