2 体力づくり
ハルナードと出会って3か月が経った。
食事を作ったり、洗濯物を洗って干したり、買い物に行ったり。寝る時だってベッドこそ一緒ではないが同じ部屋で眠って、片時も離れない生活だ。普通の家庭はこのような生活を送っているのかと驚いたが、嫌ではなかった。
「そろそろここの生活にも慣れてきた頃だろうし、体力作りでも始めようか。」
「体力づくり?」
「そう。別に剣を極める必要はないけど、将来独り立ちしたときに自衛の手段は必要だからな。でも何を始めるにしたって、まず必要なのは体力と筋力だから・・・とりあえず家を一周歩こう。それから1周走って、また1周歩く。ついておいで。」
「うん。」
そういえば、ハルナードの弟子としてこの家にいるんだったと思い出した私は、差し伸べられた手を自然に取った。
手を引かれて家を出ると、そのままぐるりと一周家を歩き玄関に戻ってきた。一緒に買い物に行くくらいの体力はあるので、息は上がっていないが少しだけ疲れた。
「いい子だ。なら次は少し走ってみよう。辛くなったら歩いてもいいからな。」
頭をなでられて、こんなことで褒められると思わなかった私は戸惑った。でも次の指示が出されたので、戸惑いを振り払って走ることにする。
足を止めることなく家を一周するはずだったが、半周もしないうちに息が苦しくなってしまい足を止めたくなった。でも、まだ一周できていないので走らないととがむしゃらに足を動かして、転ぶ。
迫る地面、スローモーションになって見えるのに、私はバランスをとることもできずにそのまま地面にぶつかる。
と思ったが、近くにいたらしいハルナードに抱えられて、転んでけがをすることはなかった。心臓の鼓動が速く、息が苦しい。
「辛くなったら歩いてもいいって言っただろ。無理をするんじゃない。」
「で、もぉ・・・まだ、ぜん、ぜん・・・」
「最初だからこんなものだろう。立てる?」
「・・・うん。」
体勢を立て直し、地面に足を下ろせば、様子を見て頷いたハルナードが手を引いた。
「今日は残りは歩こう。」
「もう大丈夫だよ、走れる。」
「駄目だ。ちゃんと最後まで走りたいなら、次から無理はしないこと。いいね?」
転ばずに家を一周できれば、最後までやっていいということだろう。まずは、自分の力量を覚えるってことかな?
「わかった、次は最後までメニューをこなして見せるから!」
「よく言った。僕も無理のないメニューを考えるから、一緒に頑張ろうな。」
「うん!」
なんだろう、優しい笑顔を向けられた。いつも向けられる笑顔とは少し違った、頑張りたいって気持ちがわくような笑顔。
ハルナードと出会って、笑顔にも色々あることを知った。でも、笑顔のことを知ってもそれを作ることは難しくて、笑いたいと思っても笑えない。
でも、そんな笑わない私の感情を、ハルナードは読み取ってくれる。
「いつかきっと、エリーシャの口角も勝手に上がる日が来るよ。」
「何それ。」
「面白かったのか?」
「うん、だって・・・口角が勝手に上がるって、どんな表現?」
「飾り気のない表現だな。なら、ヒマワリのような笑顔にでもなれる、というのはどうだ?」
「花は笑わないよ?」
「そうだけど、こういうのは花にたとえることが多いんだ。そうだ、そろそろ読み書きを教えよう。」
読み書きと聞いて小学生かと言いたくなったが、今の私は体が小学生程度であることを思い出した。1年生くらいだろうか?それならちょうどいいだろう。
そういえば、本をよく読んでいたな、私。娯楽小説は一度読んで合わないって思ったから読まなかったが、歴史の本はよく読んだ。年表をひたすら読んでいたこともあったから、社会科のテストはほぼ満点だったけ。
別に面白いと思って読んでいたわけではないけど、することが勉強か読書くらいしかなかったのだ。
もう、本を読むことはないだろう。
だって、この世界ではやることがたくさんあるから。
「さて、読み書きを始める前に、昼ご飯の支度だ。時間が過ぎるのは早いな。」
「今日は何を作るの?」
「そうだな・・・そうだ、作るのはやめて外で食べよう。エリーシャ頑張ったからご褒美に甘い物を食べさせてあげる。町に新しくできたカフェのケーキがおいしいって評判らしいからな。どう?」
「ケーキ・・・食べたい。」
普通のショートケーキだろうか?それとも異世界だからとんでもないものだったりして?この世界に来てからケーキというものを食べたことが無いから、楽しみだ。
「なら決まりだ。」
私たちはそのままカフェに向かった。
ケーキはパンケーキだったけど、おいしかった。