1 不幸
ゆるく書いていきたいと思います。
逃げ出したい。自分の命惜しさに今から走り出して、自分だけ助かってしまいたい。
でも、私は落としそうになった剣を握り締め、目の前の強大な敵と対峙する。
「逃げろ、エリーシャ!僕なら大丈夫だから!」
「ハルは黙っていて。おとなしく、私に守られていればいいのよっ!」
逃げたい。怖い。死にたくない・・・でも、それでも、ハル・・・ハルナードを見捨てることなんてできない!
私の背後には、ハルナード。正面には、白銀の毛並みのハイウルフ。鋭い牙が目に入って、私の足はがくがくと震えだす。
なんでこんなことに。本当に、なんて運が悪い、なんて不幸なんだろう。
せっかく生き返ったのに。
まだひどい怪我を負ったわけでもないのに、走馬灯のようにここまでの日々が思い起こされた。
不幸な私は、子供に無関心な親から生まれたところから不幸だった。笑い方を知らない子供を周囲は不気味がって、学校にも居場所がない不幸な私の最後は、それまた不幸だ。
修学旅行の日、友達にお金が足りないから貸して欲しいと頼まれ・・・この友達は、いきなり修学旅行になってできた友達で、きっとお金も返す気がないのだとはわかる・・・その友達と一緒に入った森ではぐれ、まさかの蛇に噛まれて体の自由が利かなくなった。
なぜ、そのような危険な森に行くことを許可したのか、学校よ。
そもそも、毒蛇がいるとは・・・平和だと思っていた国にも危険はあるのだと理解するが、その理解が役に立つことはない。そのまま衰弱死した私は、異世界に転生し、エリーシャとして生まれ変わったからだ。
しかし、生まれ変わっても不幸なことに変わりはない。
エリーシャは、アルコール中毒者の父と水商売の母から生まれた。前者はともかく、後者は職業柄何かあるわけではなく、ただ忙しく働いて疲れ切っていて私に向ける優しさがないのだ。これは、父が原因だろう。
金を酒に変える男。その酒を飲み、得たエネルギーを暴力に変えるとんでもない男だ。
エリーシャよ。私よりスタートが悪い不幸な子だね。
この先の未来は、私より短いのかもしれないと心配していた矢先、父の火の不始末により家が炎上、炎に包まれてここで終わりかと思ったとき、やっと私は幸運に恵まれた。
私は、ハルナードによって、助けられた。
炎に包まれた家にハルナードは勇敢にも突っ込み、私を発見して抱えて脱出してくれたのだ。このハルナードとの出会いが、私の運命を変えた。
すべてを失った私を、ハルナードは自分の弟子として責任をもって育てると誓い、私は彼の家でお世話になることになった。
「今日からここが君の家だよ。」
「わかった。」
それは、私が住む町のはずれにある、小さな一軒家だった。家の隣には井戸があって、周囲に他の家はなく、手入れされた敷地には3本の木が植えられている。
家の中に入ってみると、リビングがあって、奥に水場がある。扉は2つあって、寝室とトイレだ。寝室は一つしかない。私はリビングで寝ればいいのだろう。
「疲れただろ、今日は休んでゆっくりするといい。」
私は頷いて、リビングを見渡したが、ハルナードは私の手を引いて寝室へと向かった。
「探索は休んでからな?」
「・・・寝室で寝ていいの?」
「当たり前だろ。まぁ、僕のベッドだし・・・そうだ、タオルを敷けばいいか?女の子はそういうの気にするんだよな?」
「???」
「あれ、人のベッドが嫌なのかと思ったけど、そうじゃないのか。」
「リビングで寝るのかと思ったの。」
「・・・リビングにベッドはないからな。」
「別に、床でいいよ。」
「何言ってんだ、そんなの僕が許さない。・・・まさか、今まで床で寝ていたのか?」
そこまでひどい扱いは受けていないが、薄っぺらい布を敷布団にして寝ていたので、ほぼ床で寝ているのと変わらないと言えば変わらない。
私の顔をじっくりと見たハルナードの目に、怒りの色が感じられた。
「もしかして、私のために怒ってくれてる?」
「ん、あぁ・・・何でもない。」
悲しそうに笑ったハルナードは、私の頭をそっとなでる。
なぜか、酷く心が乱れて、ハルナードの顔がゆがむ。
「ベッドまで運ぶよ。ほら、目を瞑れエリーシャ・・・これまでのことは夢だったんだ。そして、次に目を開けた時に現実が待ってる。」
言われた通り目を瞑れば、涙が零れ落ちて頬を伝った。
なんで泣いてるの?
別に、悲しくなんてないのに。両親の死は、私にとってどうでもいいことだ。それなのに、目からは悲しみの象徴が次から次へとあふれ出す。
そして、思い出した。嬉しい時も涙が出るんだって・・・
これが私エリーシャ6才とハルナード18歳の出会い。